グレンの涙
「……ですって、アレクシア、グレンのことを許してあげる?」
デリシアの口から亡くなった妻の名が出て、グレンは反射的に顔を上げた。
すると何がどうなったかは分からないが、半透明の女性がいつの間にかこの場に現れ、デリシアの隣に立っていた。
「……っ!」
その女性はグレンが会いたくて会いたくて仕方なかった妻、アレクシアその人で、亡くなった当初の年齢のまま、アレクシアがお気に入りだったドレスを着ていて、時が止まったかのような風貌を見せていた。
「そう、分かったわ。アレクシアが許すなら、私もグレンの謝罪を受け入れるわ」
グレンにはアレクシアの声は聞こえないが、デリシアとアレクシアは会話を交わす。
当然といった二人のその様子にグレンだけがついて行けず、口を開けたまま身動きも取れず、只々二人の仲の良さそうな光景を見つめていた。
「グレン、これから私の本当の能力を貴方に見せるわね」
デリシアがそう宣言すると、ふわりと圧の様な風を感じ、デリシアの体が光り出した。
そして美しく黒光りしていた艶やかな髪が、見る見るうちに白銀と呼べる色に変わり、黒水晶のような瞳は紅玉を思い浮かべるような赤色へと様変わりした。
リガーテ国の王族は黒髪、黒目を持つ。
昔からそう言われているが、実際デリシアのように髪も瞳も真っ黒な者は少ない。
現国王は黒に近い茶色の髪色だし、瞳の色も紺に近い色だった。
そしてキリエ国の王女と結婚したリガーテ国の王子は、灰色の髪に水色の瞳と、リガーテ国の王族が持つ色とはとても呼べないものだった。
つまりはリガーテ国の王族の中でも黒を持つものは希少。
それはつまり黒髪、黒目を持つものは、デリシアのように特殊な力を持って生まれるという事だろう。
その力があったからこそ国土が小さいリガーテ国でも、この世界で力を持てたと言えるのではないだろうか。
そんな国宝級とも呼べる存在であるデリシアが、ただの辺境伯でしかないグレンの下に嫁いできた。
面倒くさい王命だと思っていた物が、この瞬間どれ程の価値をもつ物なのかをグレンはやっと理解したと言える。
今回の結婚は英雄への褒章と呼べるもの。
幼い妻をめとる事のどこが褒美なのだ?
そう思っていたが、これ以上ない価値がある褒章だと言える。
何せ、今グレンの目の前では、正に人の身では起こせない奇跡がおきているのだから。
「デリシア、君は……それに、何故、アレクシアが……」
神の使いのように色を変え、輝きだしたデリシアはグレンの問いに答えない。
椅子に座ったまま人形のようにじっとして、人の身ではないようだ。
その代わりなのか、それともデリシアのその力のお陰なのか、先程よりも存在がハッキリとしたアレクシアがグレンに向けて微笑んだ。
『グ、レン……久しぶり……』
「アレクシア……本当にアレクシアなのか……?」
こくんと頷くアレクシアを見て、グレンは椅子から立ち上がりゆっくりと彼女に近づいて行った。
『グレン、会いたかった……』
「アレクシア……」
想い出の中と変わらぬ姿の彼女の手にそっと触れてみる。
恐る恐るだったが触ることが出来て嬉しさが増す。
だがアレクシアのその手には温もりは何も無く、やはり彼女が亡くなっている事を実感する。
でも、それでも
今目の前で微笑んでいるアレクシアを見ことが出来て、グレンはそれだけで嬉しかった。
「アレクシア……アレクシア……」
儚げで今にも消えてしまいそうなアレクシアをそっと抱きしめ、グレンはその名を何度も呼ぶ。
はらはらと自分の瞳から涙が零れているのが分かるが、拭うよりも今は少しでもアレクシアを抱きしめていたかった。
『グレン、泣かないで……』
泣くグレンの背中をアレクシアが優しく摩る。
その手には生前のような力はなく、ふわりふわりとそよ風でもあたっているかの様だが、それでもアレクシアの存在をハッキリと感じられて、もう一度アレクシアに会いたいという自分の夢が叶ったと分かって、嬉しさが溢れてくる。
「……何故? 何故、アレクシアがデリシアと?」
『デリシアのお陰よ、これはデリシアの能力』
デリシアとアレクシアはもっと意思疎通が出来ていたようだったけれど、そこはやはり能力者とそれ以外の差なのか、グレンと会話するアレクシアの言葉はどこかたどたどしい。
「もっと早く教えてくれれば良かったのに……俺がどれだけ君に会いたかったか……」
恨みとか僻みではなく、グレンの口から本音がポロリと漏れる。
アレクシアが亡くなってから何年も想い続け、生まれ変わっても彼女と会うことを望んでいたのだ。
デリシアと意思疎通が出来るのならば、もっと早く顔を見せてくれればよかったのに! とそんな思いが漏れてしまう。
『グレンが悪いわ……グレン、話聞かなかった』
抱きしめていたグレンを引きはがし、アレクシアがそう言ってキッと睨みつける。
怒るアレクシアの姿を見て、グレンは自分の愚行を思い出す。
初夜の夜、デリシアはグレンが部屋に来るのを待っていた。
そして彼女が何か言葉を発する前に「愛さない」と告げたのはグレンの方で、それを横で聞いていたアレクシアが怒るのも当然で。
あの日の夜のデリシアの不敵な笑みの理由や、「後悔しませんか?」 と問われた理由が、今やっと理解できた気がした。
「そうだな……俺が、俺が悪かった……」
アレクシアへの想いを守ろうと、空回りしていた自分の愚かさに情けなくって、自然と頭が下がる。
『デリシアと仲良くして』
「ああ、仲良くすると約束する!」
グレンの決意を聞いてアレクシアが満足気に微笑むと、ガタリッと大きな音がして、振り向けばデリシアがテーブルの上でぐったりとしていた。
「デリシア!」
真っ青な顔で机に倒れ込むデリシア。
白銀だった髪色は見る見るうちに黒髪に戻り、額には大粒の汗をかいてぐったりとしている。
「デリシア、大丈夫か?」
グレンが声を掛けデリシアが目を開けた瞬間、アレクシアの姿は消え、グレンには見えなくなってしまった。
「大丈夫よ……大丈夫よ」
か細い声だがデリシアがハッキリと返事を返したことでグレンはホッと息を吐く。
「アレクシアも、ごめんなさいね」
デリシアがグレンの後ろに視線を送り謝る姿を見て、アレクシアが消えていないことにまたホッとし、デリシアがどれだけ無理をしてアレクシアとグレンを会わせてくれたかが分かり胸が痛んだ。
「デリシア、無理をするな、俺はもう十分だから」
倒れ込んだデリシアを抱え、グレンは再び泣きそうになるのを我慢しデリシアに声を掛ける。
この子はこの小さな体で、一体どれ程の重圧を背負ってくれていたのか。
そう思うとグレンの中でデリシアへの愛おしさが広がって行く。
「ええ、心配をかけてごめんなさい。でも、大丈夫よ。ここまで力を使った事がなかったから……ちょっと疲れただけよ……」
気丈に振る舞うデリシアを見てグレンの胸がまた痛む。
この子はアレクシアと自分の為に、ここまで心を砕き、行動を起こしてくれた。
それなのに自分は小さなプライドを守るために彼女にどれ程のことを言ったのか。
デリシアを抱えるグレンの腕にグッと力が入る。
「デリシア、有難う……有難う……」
こんなにも心優しく、深い愛情を持つデリシアを、愛さないだなんて無理だ。
デリシアを愛したい。
いや、もう既に愛おしくて仕方がない。
グレンは無意識のうちに、デリシアをきつくきつく抱きしめていた。
こんばんは、夢子です。
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