グレンの謝罪
「あー……デリシア、話があるのだが、そのー……、今夜時間を作って貰うことは可能だろうか……」
屋敷の者達皆がすっかりデリシアの味方になっていると分かったグレンは、遂に白旗を上げることを決意した。
特に息子アレンからの「負けを認めろ」という言葉は、強く鋭く胸に刺さり、自分一人がいつまでもアレクシアに拘って子供のように駄々をこねているようで、流石に恥ずかしくなった、という理由がある。
グレンとしては不器用な自分がアレクシアを今も尚愛している事を胸にしまい、デリシアと夫婦関係を築くことは出来ないとそう思っていた。
初夜の夜にはデリシアを傷つけようとした訳ではなく、自分の心に嘘がつけず、愛せないと正直に伝えたかっただけで、こんなにもこじれた関係になるだなんて思ってもいなかった。
だが良く考えればアレクシアを忘れられないというのはグレンの都合で有り、覚悟を持ってこの国に嫁いできた幼い少女にぶつけて良い想いでは無かった。
それに気付けば流石に鈍感なグレンも反省をした。
もしもう一度出会いの日からやり直せるのならば、グレンはきっと同じ言葉をデリシアにかけることは無いだろう。
女性として愛せなくとも、家族として良い関係を築くことは出来る。
自分の馬鹿正直な言葉がデリシアをどれだけ傷付けたのか、孤立無援状態になってグレンもやっと分かったのだ。
「……私は貴方と二人きりでお話することは特にありませんけど? 今ここではダメなのですか?」
グレンの執務室での仕事中、勇気を出して声を掛けたグレンに対し、デリシアは当然の答えを返してくる。
今この場で話せば済むことでしょう?
そう言われている事は分かっているが、グレンとしてはあの初夜の夜からやり直したい思いがある為、夜に二人きりで話したいというのが正直なところだ。
それにニヤニヤとしてグレンを見ているフランや、困った子供を見るような目で見つめるグレタ。
眉毛を下げ自分自身が困っている様子のエラの前で、やり直しを願う勇気がグレンには無かった。
「その……どうしても、ダメか……?」
しゅんと肩を下げ願い出るグレンを見て、デリシアが小さくため息を吐く。
この時点でどちらが主導権を持っているかは丸わかりだ。
けれど自分の小さなプライドなどどうでもいい。
デリシアとのやり直しを望み、そしてずっと抱えていた疑問をぶつけたい。
デリシア
君はアレクシアの生まれ変わりなのか?
ずっとずっと気になり、心の中でそうで合って欲しいと願っていた疑問を、遂にデリシアにぶつける。
たとえ違うと否定されたとしても、自分のアレクシアへの想いは永遠に変わらない。
そう分かったからこそデリシアに問いかける勇気を持てた。
ただ、デリシアに違うと否定された時。
そしてそうだと肯定された時。
自分がどうなるかはグレン自身にも分からなかった。
「……はぁー、分かりました。夕食の後に時間を作りますわ。グレン、私の部屋で良いかしら?」
「ああ、有難う。それで構わない。時間になったら君の部屋に向かわせてもらう」
ホッとしたグレンの前でデリシアがクスクスと笑う。
そのしぐさがまたアレクシアと重なり、やっぱりそうなのか? という想いがグレンの中で募る。
「グレンって本当に困った男ね……」
そう言って微笑むデリシアに、もうグレンへの怒りは見えない気がした。
「どうぞ」
グレンがデリシアの部屋に着きノックをすれば、まだ幼い少女の可愛らしい声で入室を許可される。
部屋に入ればお茶セットが用意されており、デリシア付きのエラは部屋にはおらず、デリシア一人でグレンを待っていてくれた。
「その、すまない、こんな時間に……」
「まあ、今更ではないかしら? それに私達は一応夫婦ですもの、何の問題もないと思うわよ」
「そ、そうだな……」
自分が望んだこととはいえ、デリシアの口から「一応夫婦」だと言われて、勝手ながらズキリと胸が痛んだ。
もしデリシアがアレクシアの生まれ変わりなのだとして、お前とは仮の夫婦だと言われたら、グレンはショックを受けるどころの話では無いだろう。
それと同じ事を初夜の夜にグレンはデリシアに言ったのだ。
どれだけ失礼であり愚かだったのか、今更ながら恥ずかしくなる。
そう思うと、ただでさえズキズキと痛む胸が尚更痛むようだった。
「グレンどうぞ、安眠効果のあるハーブティーよ。エラに準備してもらったの」
「ああ、有難う……」
ぎこちなく席へと着き、出されたお茶を飲む。
寝間着姿のデリシアは普段以上に幼く見えて、見た目だけは自分の娘で通る姿だなと思った。
「私の顔に何かついているかしら?」
ジッと見つめていたからか、デリシアにそう問いかけられる。
「その……可愛らしい寝間着だな……」 と誤魔化すように答えれば 「初夜の夜と同じ寝間着よ」 と返され、思わず口に含んだお茶を噴き出しそうになった。
「ゴホッゴホッ、そ、そうなのか……」
慌てるグレンを見てクスクスと楽しげに笑うデリシアが 「冗談よ」 と言えばホッとする。
そう言えばあの日の夜は、デリシアにキツイ言葉を言わなければならないと一人気合を入れ過ぎていて、デリシアの服装など気にもしていなかった。
貴族男性の礼儀として、女性の衣装や装飾品を褒めないなどあり得ないことだ。
なのに結婚式の時でさえ、グレンはデリシアのドレス姿を褒めることなどしなかった。
淡々と式を熟し、言葉を交わした記憶もない。
それに気付けばまだ幼いデリシアの事を女性扱いせず、子供だとなめ切っていた自分の行動の罪の重さを実感する。
グレンはアレクシアの事を思うあまり、デリシアをぞんざいに扱っていたのだ。
(それは怒るわけだよな……)
本当に申し訳なかったと、グレンは心の底から後悔した。
「……デリシア、その、本当にすまなかった……」
謝ろうと思っていたが、心のどこかで自分は間違っていないとそう思っていたグレン。
味方がいなくなって、屋敷の中で疎外感を感じ、そしてこうしてデリシアと二人きりの時間を持ち向かい合ってみて、始めて自分の愚行を認めることが出来た。
アレクシアへの想いが残っているのはグレンの勝手な都合。
この国へ単身嫁いできたデリシアには関係のないことだ。
それなのに愛さない、勝手に過ごせ、自分に関わるな。
そう告げたのだ。
この結婚を良きものにしようと思っていたデリシアにとって、それは死刑宣告に近いものだ。
フランの言った 「姫様、明日の朝、生きていらっしゃると良いですねぇ……」 とは、冗談抜きで現実に起こった事かも知れなかった。
「デリシア、すまなかった」
グレンは深く深く反省をし、デリシアに心から頭を下げた。
「デリシア、自分の、俺の、浅はかな考えで君を深く傷つけたことを、ここで謝罪させて欲しい」
「あら、グレン、自分が悪いと認めるの? 絶対に後悔しないと言っていたじゃない」
デリシアの嫌味も当然のこと。
グレンは「ああ」と頷き頭を益々深く下げる。
「本当に、本当に、すまなかった……君に初夜の夜に言った言葉を全て撤回させて欲しい。俺は間違っていた。本当に愚か者だった。もし許されるのならば、もう一度君との関係をやり直させて欲しい。そしてこれからは家族としてこのルヴィダ辺境伯領を一緒に支えていって欲しい」
「……」
頭を下げ続けるグレンの前、デリシアが小さく息を吐いた。
「……ですって、アレクシア、グレンのことを許してあげる?」
そんな問いかけが聞こえ、許されていないのにグレンは思わず顔を上げてしまう。
(……今、アレクシアと言ったか……?)
驚きの中グレンが目にしたものは、デリシアの隣、凛とした姿で立つ、想い出の中と同じ美しい妻の姿だった。
こんばんは、夢子です。
今日も読んで下さりありがとうございます。
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ヤル気頂いております。
やっとアレクシア登場です。
うじうじなグレンのせいで長引きました。




