周りの変化
デリシアがアレンと街に出かけてから、ルヴィダ辺境伯邸の雰囲気が変わった。
いや、出かけてからというよりも、フランがデリシアを女主人と認めてから変わったと言える。
「デリシア様、ルヴィダ辺境伯内の貴族夫人を集めてお茶会を開くのはいかがでしょうか?」
「そうね、私が嫁いでからまだ交流がありませんものね。グレンが許してくれるのならば御茶会を一度開きましょうか……グレタ、メイドたちの人数は足りるかしら?」
「はい、生活する上でのメイドは足りておりますが、貴族夫人をお迎えするとなると、貴族家出身のメイドが必要となるかと……」
「そうね。フラン、私の侍女の件はどうなっているのかしら?」
「はい、王都のタウンハウスに居る父に連絡をしたところ、すぐに信用できるメイドを数名送ってくれるそうです。皆、元王女であるデリシア様付きになれることを喜んでいるそうです」
「そうなの、ならその子達が着き次第話を進めましょうか。それからフラン、領内の視察の件だけれどーー」
グレンの執務室、グレンの執務机の横にデリシア専用のデスクが出来たのが数日前。
本来女主人の部屋には執務室が付いているが、今現在デリシアは客間住まい。
女主人の部屋はアレクシアの部屋で有り、思い出の品が置いてあるいわばグレンの宝物部屋。
誰にも入られたくはない大事な場所だ。
どうしてもデリシアに譲ることが出来ない。
ならばデリシア専用に新しい部屋を作ろうと、フランとグレタが提案し、グレンは渋々それに頷いた。
流石にこのままデリシアを客室に押し込み、お客様扱いし続けるのは無理だとグレンだって分かっている。
お飾りの妻で良いとそう思っていたが、デリシアはすっかりこのルヴィダ辺境伯邸内を掌握しているのだ、その内領内をも掌握するのは目に見えている。
そんな新妻をこのルヴィダ辺境伯とは関係ないと言い切るには無理がある。
それにグレン自体、デリシアには敵わない、そんな思いを持ちつつある。
なので取りあえずグレンの執務室にデリシアのデスクを用意させた。
その方がフランも動きやすいし、グレンも仕事がはかどる。
今のフランはグレンの補佐だけではなく、デリシアの補佐まで務める気満々なのだ。
親友兼幼馴染としては、フランの負担を少しでも軽減して上げたかった。
まあ、本心としては、自分の知らないところで勝手にデリシアに動かれるのが嫌だというのもあった。
「グレン様、それでいかがでしょうか、デリシア様のお披露目を兼ねた夜会を半年後に開催するという事で」
「えっ? や、夜会? この辺境伯邸でか?」
「はぁ~、グレン様……聞いていませんでしたね……」
フランの視線がキッと鋭くなる。
話を聞いているフリをして、考え事をしていたことがもろバレのようだ。
「その、夜会は……必要か?」
「「必要です!」」
「だが、シアはまだ十二歳だ。この国では成人前、夜会への出席は無理があるだろう」
キリエ国では成人しデビュタントを終えてからやっと夜会に出席できる。
そんな言い訳をし、グレンはデリシアのお披露目を先延ばしにしたかった。
結婚したとはいえ、デリシアを自分の妻だと世間に紹介する勇気がグレンには未だ持てなかった。
デリシア自身がどうこうではなく、アレクシアを今も想うグレンとしては、皆の前でデリシアを妻だと呼べる自信がなく、お飾りの妻でいて欲しいというのが本心だった。
「グレン様、耳が早いものは今回のメイドたちの件をすぐに知る事でしょう。それを使いこのルヴィダ辺境伯家がデリシア様を軽視し迫害しているなど噂をたてられてはまた戦争が起こりかねません。それではグレン様とデリシア様が結婚した意味がなくなってしまいす。よくお考えになって下さい」
「……」
つい先日まで結婚に対し何も言わなかったフランが正論をぶつけてくる。
メイド長のグレタもそこまでデリシアに思い入れがあったわけではないはずなのに、あの一件からすっかりデリシアに感化され、フランの言うことこそ正しいとうんうんと頷いている。
(皆、デリシアの味方だな……)
この屋敷の主人は辺境伯である自分なのに、今や孤立無援。
まるで敵地に一人取り残されたようで疎外感を感じる。
屋敷の使用人達も皆デリシアに心を開いている。
敵国の王女とかそんな事はすっかり頭から抜けていて、デリシアをこの屋敷の新しい女主人だと認めている。
特に料理人達はデリシアが厨房に来ることを楽しみにしていると聞く。
庭師たちだってデリシアが好きな花を選んで育てている。
けれど、グレンの中でこの屋敷の女主人はアレクシア一人。
自分だけでもアレクシアを覚えていなければと、そんなそんな思いが強くなり、デリシアのことをどうしても認めることが出来ない。
「グレン……貴方が嫌がるのならば、私はお披露目などしなくても構わないわ」
「シア……」
「「デリシア様……」」
ニッコリと笑い、このままでいいのだとデリシアはグレンを気遣う。
意図したものでは無いだろうが、その健気な姿にフランもグレタもギュッと心を鷲掴みにされたようだった。
「でもね……時間がたてば経つほど困るのは貴方の方よ。それをしっかり考えて答えを出して頂戴ね」
また可愛らしい笑顔でニコッと笑うデリシア。
けれどその笑顔には圧があり、グレンに対しずっと怒っていることが分る。
(そうだった……デリシアが健気なだけのはずがなかった……)
良心がズキズキ痛んだグレンだったが、デリシアのいつも通りの嫌味にホッとしたりもする。
メイドの件があってから、いや、結婚初夜に酷い言葉をぶつけてから。
デリシアはグレンに対しずっと怒りを持っているような気がする。
一国の王女が軽んじられたのだ、デリシアが怒るのも当然で。
自分が悪いと分かっていながらも、それを素直に認められないグレンだった。
「父上、次は冬の休暇に戻ってまいります。シア様と仲良く過ごしてくださいね」
「ああ、アレン、最終学年だ、しっかり勉学に励むんだぞ。あー……シアの事は任せておきなさい。ちゃんと守るからな」
「はい、お願いしますね」
今日はアレンが王都に戻る日。
自分と大して背丈が変わらなくなった息子を、グレンは抱きしめる。
この夏の休暇で思春期特有の反抗期が消えた息子は、義母となったデリシアのことばかりを気にしていて、父親の体を心配するとか、領地のことを気にするでもなく、デリシアのことをグレンに頼んできた。
(分かっていたが、アレンもすっかりデリシアの味方だ……)
「シア様、冬に会えるのを楽しみにしています。手紙をたくさん書きますので、私の事を覚えていてくださいね」
「まあ、アレン、当然じゃないの、私が貴方の事を忘れるはずがないでしょう。それに手紙にもちゃんと返事を出すわ。貴方が学園で活躍することを期待していますからね、帰ったら話しを沢山聞かせて頂戴ね」
「はい!」
アレンは小柄なデリシアをそっと抱きしめる。
その姿だけ見ていればお似合いの恋人同士のようで、グレンの胸が地味にうずく。
挨拶にしては長すぎるハグを終えると、アレンとデリシアは見つめ合い微笑み合う。
結婚相手を間違えたのではないか?
そんな気持ちがグレンの中でどうしても浮かんでしまう。
「では父上、シア様、行ってまいります」
「ああ、気をつけてな」
「アレン、頑張ってね」
来たときとは違いアレンは良い笑顔で頷く。
そして馬車に乗り込もうとしてふと動きを止めると、アレンはグレンの側まで戻って来て、そっと囁いた。
「父上、負けを素直に認めるのも英雄の務めだと思いますよ」
では! と手を上げ、アレンは今度こそ馬車に乗り込んだ。
味方の全くいなくなった辺境伯邸で、子供のように拗ねているグレンをアレンは心配し、苦言を呈したのだろう。
(負けを認めるか……)
それが出来れば苦労しないのだが……
そう思いながらグレンは成長し進んでいく息子の馬車を、見えなくなるまで見送ったのだった。
こんばんは、夢子です。
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グレン……
今までで一番手のかかる子です。