見たかった景色
「ここがゼルコヴァの丘なのね……とても綺麗だわ……」
街を見て買いものも一通り終えると、デリシアとアレン、そしてフランは、馬車を走らせゼルコヴァの丘へとやって来た。
丘の上にはラベンダーが咲いていて、湖やルヴィダ辺境伯邸も遠くに見えるため、ここは観光客にも人気のスポットだ。
ただ、グレンやフラン、そしてアレクシアは、この丘の少し先、大きな岩と大木がある人気の無い場所がお気に入りであり、三人で過ごす時は目立たないその場所へ行っては、のんびりと過ごしたものだった。
アレクシアが亡くなってからゼルコヴァの丘の前を通ることはあっても、足踏み入れることは無かったフラン。
きっとデリシア以外の人間から誘われたとしたら、この場に来ることは無かっただろう。
それだけデリシアへの疑問がフランの心を締め、動かしている。
一体この姫様は何者なのだ……
その想いがあるからこそ、誘われるままゼルコヴァの丘へとやって来た。
「ねぇ、フラン、もう少し先、あの大きな木のところまで行ってみたいわ」
フランの心を知ってか、思い出の場所を指さし行きたいと申し出るデリシア。
今日はデリシア付きの侍女エラを連れて来てはいないので、デリシア自ら日傘をさし、フランの返事を待たずにアレンのエスコートを受け先へと進んでいってしまう。
「姫様、お待ちください」
「フラン、早く、早く」
迷う事なく、まるで道を知っているかのように、デリシアはズンズン進んで行く。
そして大木へ着くと、懐かしそうにそっと木に触れた。
「ああ、やっとここへ来れたわ……」
アレクシアが良く座っていた木の根元に、デリシアは何の戸惑いも無く腰を下ろす。
「シア様、そんなところに座ってはお衣装が汚れてしまいます」
「ええ、アレン、そうね。でも今日だけは特別よ。貴方もここに座ってみて、ここはとっても気持ちが良いのよ」
デリシアに誘われ、少し戸惑いながらもアレンがその横へ腰を下ろした。
「ああ、本当だ。ここは風が通って心地よいですね」
「でしょう? 私のお気に入りの場所なのよ」
一度も来たことは無いはずなのにデリシアはお気に入りの場所だとアレンに答えて見せる。
アレンも 「そうなのですか」 と何の疑問も持たず、ニコニコと返事を返し、その場の景色や雰囲気を嬉し気に見つめ出した。
どうやらアレンはフランと違い、デリシアの言葉や態度に何の違和感もないらしい。
もしかしてこれはデリシアの行動を気にし過ぎているフランだけが感じる違和感なのか?
それとも仲が良いアレンは、デリシアの何かを知っているからこそ、何の疑問も持たないのだろうか?
段々とフランは何が可笑しいのか分からなくなってきた。
目頭を揉み、寝不足か? と現実から目を逸らしてみる。
けれどそこに追い討ちを掛けるようにデリシアの楽しげな声が届く。
「グレンとアレクシアはね、良くこの場所で遊んでいたのよ。デートって言えばいいのかしら? でもフランっていうお目付け役も一緒だったから、デートとは言えないのかしら?」
クスッと笑うデリシアの横、アレンは感慨深げに景色を見渡す。
「父上と母上がここで……フフッ、確かにフランがいたらデートとは言わないかもしれませんね。それに今の僕とシア様の状況とよく似ていますね。僕達にもフランが付き添ってくれていますから」
「フフフ、そうね。きっとグレンもアレクシアもこんな気持ちだったのね。フランがいてくれたら安心だもの、グレンたちもきっとフランがいたから羽目を外せたんだわ……」
フランに視線を向け微笑むデリシアとアレンの姿が、若い頃のグレンとアレクシアと重なって見えた。
グレンと親子であるアレンはともかく、デリシアとアレクシアに似ているところなど何もない。
女性という性別は同じでも生まれた国が違うのだ、持っている髪の色も瞳の色も顔形さえも何もかもが違っている二人。
なのに……
『フランがいると安心ね』
デリシアが言ったその言葉が、アレクシアの想い出の言葉と重なる。
それに手作りのスパイスクッキーやラメールのチーズクッキー。
どちらもグレンの好きな物であり、アレクシアが何かある度グレンにプレゼントした物でもある。
最初は嫁ぐためにグレンのことを調べていたのだろうとそう思っていた。
けれど度々見せるデリシアの不思議さは、そう思い込みたいフランの心の壁を壊し続けた。
そして今日来たゼルコヴァの丘だ。
観光地を一目見てみたいという思いなら納得出来た。
けれどデリシアの様子はそれとは違う。
懐かしい場所に来たかった。
想い出の場所に来たかった。
まさにそれだった。
だからだろう。
自分の思いに蓋をし、何でもない風に装っていたフランの笑顔が遂に壊れた。
「デリシア様、貴女は一体何者なんですか?」
大木の下、くつろぐデリシアにフランはそう声を掛けた。
いつになく真剣な顔のフランを見て、デリシアの顔に満足気なものが浮かぶ。
「フフフ、良かった。フランの素の顔がやっと見れたわね」
クスクスと楽しげに笑うデリシア。
その横でアレンは苦笑いだ。
そんなアレンはフランに視線を向け、気持ちは分かると頷き、同情したような瞳を向ける。
アレンの態度が急に変わった理由は、デリシアの何かを知ったからか。
そうで無ければあんな態度のアレンが急に変わるはずがない。
「……デリシア様、話を誤魔化さないで下さい」
デリシアにそう声を掛けたフランは必死だった。
もしかしたら……とそんな期待が湧いていたからだ。
「フフフ、ごめんなさいね、別にフランを馬鹿にした訳ではないの、ただ余りにも聞いていた通りの貴方らしい行動だったから、何だか可笑しくって……」
聞いていた? 誰に?
そんな疑問を声には出さず、フランはデリシアの答えを待つ。
確かに自分がこんな風に何かに熱を入れるのは久しぶりだった。
以前はグレンやアレクシアとともに、領地についての話を夜通ししたものだ。
自分たちの手でこの地をもっと良いものに、そして豊かにしようと気合いを入れていたのだが、グレンが最愛を失い、フランもまた妹のように愛していた相手を失い、いつしか淡々と毎日を過ごす日々を送っていた。
現状維持。
それが出来ればあとはどうでもいい。
アレクシアが消え、グレンは寡黙となり、自分の想いに封印をした。
フランはヘラっと笑って痛みを誤魔化し、本心を隠して生きてきた。
心の奥底では王命で決まったグレンとデリシアの結婚が許せなくて、グレンの良心を揶揄ったり、デリシアに対し不敬を働くメイドたちを見逃したりもした。
出ていって欲しい。
アレクシアの思い出を壊さないで欲しい。
そんな想いを貼り付けた笑顔で隠していたが、デリシアにはお見通しだったようだ。
デリシアは感情を露わにし睨みつけるフランの前に立ち上がると、先程まで浮かべていた春の精の様な笑顔を消し、フランと向かい合った。
「フランは、私の秘密を知りたいかしら?」
「秘密、ですか……?」
「ええ、そうよ。乙女の秘密よ」
目の前の幼い少女には王女らしい風格と気品があり、フランの喉がゴクリと鳴る。
今ならばまだグレンの従者として、補佐官として、幼馴染として引き返せる。
もしここでアレクシアの言葉に頷けば、きっと自分はアレンのようにデリシアの味方になってしまうだろう。そんな予感がする。
「どうする?」
「……」
誘惑するかのように可憐に微笑んでいるデリシアが、何よりも恐ろしい悪魔のようだと感じた。
「もう一度聞くわ。フラン、私の秘密、知りたい? 知りたいのならばこの手を取って……判断は貴方にまかせるわ……」
差し出された白く細い小さな手を前にして、拒否することが今のフランに出来るだろうか。
そんなの
無理に決まっている!
「……分かりました……」
今日この日、想い出のゼルコヴァの丘で、優柔不断で適当だった仮面を脱ぎ捨て、フランはデリシアの手を取ることを選んだのだった。
こんばんは、夢子です。
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無事旅行から帰って参りました。
一泊二日の短い旅行でしたがとても楽しめました。
近いうちにブログの方へ載せますので宜しければご覧ください。