真実と疑問
「後悔しても知りませんよ」
メイドの解雇を勝手に決めたデリシアにグレンが注意を行えば、勝気な態度でそう言われ、グレンはその圧のある気迫に感心しながらも笑いが込み上げて来た。
「ハハハ、私が後悔するなどあり得ない」
デリシアが何度も言う【後悔】とは、自分の行動に自信が無いから起きるものであり、間違っていないと分かっているグレンには起こる事のないものだった。
「グレン様、どうか彼女たちに厳しい処罰をお願い致します」
だが今目の前で、メイド長であるグレタがグレンの信じていた者たちを連れ頭を下げている。
その上彼女たちは、グレンの前妻であるアレクシアの想い出の品にも手を出した不届き者だと言い出したのだ。
先日確認した時には、グレタは確かに彼女たちを信頼し、デリシアの行いを責めていた。
だがたった数日で、その状況はこうも変わってしまった。
グレンは余りの状況の変化に付いて行けず「は?」と間の抜けた声が出てしまった。
「いや、グレタ、一体何があったんだ? 急に態度を変えて……」
まさかデリシアが何かをしたのか?
そう思いデリシアに視線を送ればニコリと微笑まれる。
私は何もしていませんよと言ったその笑顔には、昂然としたものが見えた。
やましい事があるならばこんな表情は出来ないはず。
昨日まではデリシアに裏切られたと思い落ち込んでいたグレン。
だがそれこそが間違いだったと気づき、ホッとする自分を前に複雑な心境になる。
彼女を愛せないと言ったのは自分なのに、いつの間にか彼女を信じたくなっていた。
だからこそ裏切りのような行為を知り、自分は許せなかった。
こんな幼い少女に惹かれ始めている?
いや、アレクシアに似た部分があり気になるだけだ。
今頃になって気づいたその思いは、確かに後悔と呼べるものだった。
「そ、そうです! 私は悪くはありません! グレン様、メイド長はその子に騙されているんです!」
キアラが急に叫び出し、元王女であるデリシアを指さした。
そのあまりの不敬な態度に、グレンの視線がキアラへと向く。
正面から見るキアラのその表情はどこか歪んでいて、憎しみのこもった瞳でデリシアを睨んでいた。
まるで悪人のようなその表情に、彼女こそが嘘をついていたのだとグレンは悟る。
そして簡単に騙された自分の愚かさも、はっきりと理解した。
後悔などしないと言ったけれど、デリシアに対し噓付きだと決めつけたことは真実で、グレンの心は自責の念で占められていた。
「お黙りなさい! グレン様は貴女に発言を許していません! 貴女は客人でも無ければグレン様の友人でもない一介のメイドです。自分がグレン様の後妻候補などと思い上がり、どこまで不敬な態度を取り続けるのですか。主の発言を遮るなどあってはならないことなのですよ!」
「だって、だって、私は、グレン様に望まれてこの屋敷に来たんです! だからその子がグレン様の妻になるだなんてあり得ないし、私は悪い事など何もしていません!」
「黙りなさい!」
騒ぎを聞きつけた護衛が部屋へとやって来た。
部屋の様子から騒ぐキアラが危険だと判断したのだろう、護衛達はキアラを抑えつけた。
「やめて、違うの! 私じゃない! 悪いのはあの子よ! 私は間違ってない!」
いつまでも騒ぐキアラにグレンは驚きしかない。
真面目だと評価されていたキアラは一体どこへ行ったのか。
望まれて? 後妻? 一体何のことだ? キアラの言葉の意味が分からない。
それに何よりデリシアとの結婚は王命であり、友好の証し。
この屋敷の中にそれを理解していないものがいるなど、信じられなかった。
「ねえ、グレン、取りあえず、彼女たちを下がらせたら? この騒ぎでは話などできないでしょう?」
どこまでも穏やかな声が聞こえ、グレンはデリシアに視線を戻した。
ニコリと微笑んだデリシアの笑顔はまるで春の精のようで、騒ぐキアラの醜さとは比べようがないほど美しい。
だがその瞳はどこまでも冷めていて、まるでこの事件の真犯人はグレンだとでも言っているようで、デリシアが心の底から怒っていることを、グレンはここで初めて気がついた。
「あ、ああ、お前達、そこのメイドたちを連れていけ」
「「はっ」」
「グレタは残り、私に詳しい報告を」
「畏まりました」
いやだいやだと騒ぐキアラと、震え涙する残りのメイドを連れて騎士達が席を外すと、デリシアはグレタに席を勧めた。
「グレタ、落ち着くために貴女も一度座って頂戴。手が震えているわ。怖かったでしょう?」
「いいえ、奥様、今回の事は私の落ち度です。どうか私にも厳しい処罰をお願い致します」
グレタはその場で膝をつき頭を下げた。
本来ならばグレンに頭を下げるべきところだが、被害者がデリシアであるためデリシアへと深く頭を下げる。
「グレタ、ごめんなさいね。私がグレンへの報告を暫く待ってとお願いしたから、貴女の重荷になってしまったわ」
デリシアは立ち上がり、跪くグレタにそっと寄り添った。
その姿は慈愛に満ちていて、王女が一メイドに対し向けるものではなく。
母か姉にでも向けるようなものに感じた。
「グレン、グレタを休ませてあげて欲しいのだけど」
「えっ? あ、ああ……そうだな、グレタ、話は明日にしよう……今日は休んでくれ」
「ですが……」
「グレタ、大丈夫よ。私がグレンとしっかり話をするから安心して頂戴」
グレタはデリシアの言葉に納得したようで、深く頭を下げると退出していった。
そしてソファに座り、グレンとデリシアは向かい合う。
フランがお茶を淹れどうにか場は落ち着いたが、グレンはお茶を飲む気にはなれなかった。
「グレン、何か私に言いたい事はあるかしら?」
デリシアの問いかけにグレンは「ぐ……」と押し黙る。
あれ程強気で出たのにこのざまだ。
幼い少女を責め立て、仮とはいえ己の妻を信じることをしなかった。
何を言っても言い訳にしかならない。
だが男として自分の非を認めない訳にはいかない。
グレンはデリシアの前、頭を下げた。
「その、すまなかった……貴女をもっと信じ、ちゃんと話を聞くべきだった……」
これで納得するだろうか。
いや納得しなくとも仕方がない。
今回の事はグレンに非があり過ぎる。
いくらデリシアが許さないと言ったとしても、この結婚はこの先も続くのだ、怒りを納めてもらうしか手が無いだろう。
グレンはこの先は出来るだけデリシアとは距離を取り、これ以上の失態を犯さないことがベストだろう。
「分かりました」
その言葉を聞き、グレンはホッとして顔を上げた。
これでやり直しがきく、そう思ったがデリシアの言葉は続く。
「でもね」
そこまで言うとデリシアは微笑えみを消し、グレンを見つめた。
「アレクシアの宝物を奪われそうになった貴方を、私は許さないわ」
デリシアのその怒りの表情は、とても十二歳の少女には見えないものだった。
それと共に、何故そこまでアレクシアに拘るのかと、グレンの疑問はより深くなったのだった。
おはようございます。
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