エピローグ3 右手に愛を 左手に祝福を
鈴成凛悟の目覚めはモヤモヤとしたものだった。
”祝福ゲーム”における最後の賭けに彼は勝ち、彼の夢のラストシーンは生き返った蜜子の膝枕。
ここだけなら彼の目覚めはスッキリしたものだっただろう。
最後に見たのが泣き顔ってのがなぁ。
瞼を閉じると浮かぶ顔、それが凛悟の目覚めをモヤモヤとさせていた。
だから彼はそれをスッキリとさせることにした。
衝動的とも言えるスピードで家を飛び出して。
◇◇◇◇
ハッハッハッと息を切らしながら凛悟は走る。
周囲の人には目もくれずに。
そして正面からも同じように一目散に走って来る少女を見つけた。
「センパイ!」
「蜜子!!」
互いを見つけたふたりは走る速度を上げてそのまま衝突する。
凛悟は蜜子の身体を抱きかかえるように回転してその威力を殺した。
往来の真ん中で。
「無事だったんですね! あたしセンパイが死にそうになっているとこを夢で見て、それはもう心配で心配で」
「おっと、涙は厳禁だ。俺は蜜子の笑顔を見に息を切らして来たんだからな」
蜜子の目の端に浮かんだ涙が、そっとぬぐわれる。
「えへへ、そうですか。いやー、あたしもちょうど同じ気持ちでした。ところでセンパイ、やっぱりあの夢って……」
「ああ、現実だ。正確にはあの現実は夢になった。藤堂がそうしてくれた」
凛悟が藤堂に授けた作戦、その最後は、死んだ人が生き返り始めたら”最恵国待遇”で第9の願い『夢にしてくれ』をもう一度してくれ、というもの。
賭けで命を手に入れ、それで死人を生き返らせる。
さらに夢にして全てを元に戻そう。
これが凛悟が求めた”祝福ゲーム”のエンディング。
「全部センパイの作戦通りってことですね」
「そうでもない、想定外のことはいっぱいあったさ。俺は蜜子が死ぬシナリオは考えてなかった」
エゴルトが誰かの死を願わせるところまでは予想出来た。
だが、その場合殺されるのは実のはずで、蜜子の死は凛悟の想定外だった。
「それに最後に話を決めてくれたのはグッドマンさんだったんだぜ。あの人じゃなければここで蜜子と逢えることもなかった」
そう言いながら凛悟は半ば覆いかぶさるように蜜子をギュッと抱きしめる。
「ちょ、ちょっとセンパイ! そんな情熱的にハグしちゃ周りの人の目が……」
「いいじゃないか。こうしたい気分なんだ」
アワワワと照れる顔も可愛いなと思いながら凛悟はそのままハグを続ける。
「あー、ペロみてー、あべっくだよ、あべっく」
ワンッ、ワンッ
凛悟の情熱的な行動が、嫌でも周囲の人と犬の目を引く。
「ほ、ほら、他の人や犬がみていますから」
「大丈夫だ、たとえ犬が襲ってきても俺が守る」
「え、あ、その、あたしもそんな気分も悪くないけど、あ、そ、そん、そんな……」
雰囲気に押し流されそうになるふたりを引き裂いたのはピロロロと鳴るスマホの着信音だった。
「あ、センパイ、電話です、電話が来ちゃいました。あー、登録していない番号だけど知ってる! これ藤堂さんでしょ。いやー、やっぱり夢じゃなかったんですねぇー」
わざとらしく言いながら蜜子はハグから脱出してスマホをタップする。
「はい、花畑です」
『おー、嬢ちゃんか。藤堂や、生きとっか?』
「生きてますよー。死にましたけど」
藤堂の声を蜜子は冗談混じりで軽く返す。
『そっか、そりゃよかった。あとひとつ確認なんやけど。そこに凛悟はんおる?』
「いますよ、目の前に。代わりましょうか?」
『よかよか、おるんならそれでよか。凛悟はんには作戦は仕上げまで含めて全部上手く行ったって伝えとって。じゃなー』
「え、もう切っちゃうんですか?」
『ワイはこれから実ちゃんの握手会の徹夜並びに行くとよ。ワイが身を切った結果もわかったし、十分や』
あまりにも短い報告に蜜子はチラチラと凛悟の方を見る。
だが凛悟は、こちらも話すことはない、と手を振るだけ。
『あ、そうや、ひとつ言い忘れとった』
「何ですか?」
『幸せになりや』
「言われなくても」
その返事に満足したように通話は切れた。
「藤堂は何て言ってた?」
「作戦は仕上げまで上手く行ったそうです」
「そいつは良かった。結局、この”祝福ゲーム”の勝者は藤堂ってことか」
”最恵国待遇”で手に入れたもう一度の願いの数々。
この”祝福ゲーム”で最も利益を得る存在が勝者だとしたら、それは間違いなく藤堂だろう。
そう思いながら凛悟は軽く肩をすくめる。
「それがですね。妙なことを言ってたんですよ」
「妙なことって?」
「センパイがここにいるならいいとか、身を切ったとか、幸せになりやとか」
「なるほど、それで蜜子は『言われなくても』って答えたわけか」
ニヤニヤと笑う凛悟を前に蜜子の顔が赤くなる。
「で、でも、いったいどういう意味なんでしょね。それにセンパイの作戦にも興味あります」
「そうだな、それじゃどこかの店でゆっくりと話そうか。俺も別れている時に蜜子がどうしていたか気になる」
「あら~、ひょっとして不安だったんですかぁ? 他の男に口説かれてないかとか」
今度は蜜子がニヤニヤと笑う番だった。
「それじゃ、どこか落ち着ける所で話すとするか」
「はい、ふたりっきりになれる所でゆっくりとお話しましょう」
凛悟が差し出した右手を蜜子の左手が包む。
そしてふたりは手をつないで歩き出した。
互いの手からふたりが感じるのは温かさと愛しさ。
それはまるで──。
”祝福”がその手に宿っているかのようだった。




