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3-33.第22の願い 花畑 蜜子

 何が起こったのか理解している人はわずかだった。

 凛悟の胸に蜜子の頭がポスリと落ちる。

 マリアはうずめるように床に頭を着けながら「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ」と涙を流す。

 (みのり)は肩で大きく息をしながらグッ、グッと自分が生きていることを確かめる。

 エゴルトはその左手の”聖痕(スティグマ)”を眺めていた。

 

 凛悟は……、少し放心状態だった。

 少しの間だけ。

 彼はゆっくりと、もう流れなくなった涙の源を胸からそっと降ろすと、最後の力で立ちあがった。

 足を引きずるように数歩進み、その手をエゴルトが持つ”本”へと伸ばす。


「おっと、そうはいかないよ」


 エゴルトがその手を遮るように払うと、その軽い衝撃だけで凛悟は転ぶように倒れた。

 彼はそれを一瞥(いちべつ)すると、再び左手を見る。

 エゴルトの手にある数字は”2”がふたつ。

 つまり、エゴルトが持つ”祝福”以外は全て使われたこと意味する。

 彼が把握していない唯一の願い。

 ”約束強制”により彼のため以外のことには使えない花畑蜜子の願いは何だったのか。

 それを確認すべく、エゴルトは”本”を開いた。


 …

 ……

 ………


 少しの間をおいて、エゴルトは右を向き、左を向き、上を向き、そして笑い出した。


「ハッ、ハッ、ハハハハッハ! なんだこの願いは! こんな漠然とした願いを受けるとは神もさぞかし困るだろう!」

 

 手を頭に当て、エゴルトは笑い続ける。


「なにがおかしいんです! 神のご意志に反してまでこんなにも人を殺して、何がおかしいんです! こんなのだったら、こんなことになってしまうのなら! あなたの話になんて乗るべきじゃなかった!!」


 自分のせいで彼女は死んでしまった。

 その自責と後悔で涙を流しながらマリアが訴える。


「神の意志だって? それは決まっている。僕が勝利することを神は望んでいるんだよ」

「そんなはずはありません!」

「ところがそうなのさ。いいだろう君たちにも見せてあげよう。彼女が何を願ったのかを」


 エゴルトは”本”を開き、それを周囲に見せつけるように突き出した。


 第22の願い 花畑蜜子

 ── 奇跡を起こして ──


 それは至ってシンプルな願いだった。


「奇跡だって!? 笑えるじゃないか! だが、彼女がこんなことを願えたのには興味がある。教えてくれないか凛悟君。君なら知っているはずだろ」

「この”祝福”ゲームが始まった時、俺たちは他愛ない話をした。その中で蜜子は全人類に対して誓った。この”祝福”で邪悪な者が世界を支配しそうになった時、『奇跡を起こして』って願うと」

「なるほど全人類か。彼女は僕も含めて誓っていたわけだね」

「そういうことだ。喜べよ、蜜子に邪悪な者って認定されたんだぜ」


 凛悟の言い方にカチンと来たのか、エゴルトは倒れた凛悟を蹴飛ばす。

 上体が曲がり、凛悟は口から血の塊を吐いた。


「邪悪だからどうした? ビジネス界のトップなら誰でもやっていることだ。このくらい神も許すだろう。なにせ、奇跡が起きても僕はこの通りピンピンしているのだからね」


 もう”祝福”は自分の手にしかない。

 不安定要素は何もない。

 勝利を確信し、エゴルトはアッハハハハと高笑いする。


「はいはい、”祝福ゲーム”は社長さんの勝ち。ということで、もう帰っていいかな?」

「アーシー君か」

「正直もう見てられん。あとは残ったみんなでよろしくやればいいやん。ほらマリア立って」


 涙を流しながら床にへたり込んでいるマリアの肩を持って、アーシーは出口へと足を向ける。


「ダメだと言ったらどうするね?」

「アーシーの身の安全はOKになっているはずじゃん」


 アーシーの声にエゴルトはその手の銃を彼女に向けるが、その手はすぐに下がった。


「なるほど、約束強制は僕にも影響があるということか」

「そーいうこと。ウチの寿命まで安全は保障されちゃってるの。心配せんでも社長さんの邪魔はしない。ひっそりと暮らすわ。それでいいやろ」


 アーシーは内心では後悔していた。

 この惨劇は自分が”約束強制”を”祝福”で願ったことで起きたのだから。

 せめて、友人のマリアだけは助けようと彼女は思っていた。


「君たちはどうする? まだやるかね」


 この場でまだエゴルトを睨んでいる(みのり)と凛悟を見ながらエゴルトは問いかける。


「勘違いしないで、そこの女が奇跡なんて願わなければアンタは終わっていたんだからね」


 余計なことを、といった視線で(みのり)はもう動かなくなった蜜子を見る。


「どういうことかな?」

「そこの女が”祝福”を使わずに死んでいたら、”祝福”をアンタが奪い取ることになったってことよ」


 (みのり)の言葉にエゴルトは少し考える。


「ハッ、ハハハッ、君はまだ気づいていないのか」

「気付いていないって何がよ!?」

「”本”のこのページさ。”本”は本物だが、このページのこの部分だけは偽装したものだ」


 エゴルトは”本”のケビンのページを開くと、そこの願いの部分だけをなぞる。

 そして、爪を立ててピリッとテープのように引き剥がした。

 破られた下には『パパとママにあいたい。あいにいきたい』という文字。


「だ、騙したのね!」

「騙されるのが悪いと言いたい所だが、無理もない。質感も光沢も極めて似た極薄素材で偽装したからね。素晴らしい道化だよ君は!」


 (むくろ)となったエボルトテック社の特務部門(スペシャル)には偽造のスペシャリストもいた。

 契約書や公文書の偽造が主な任務の。

 そのメンバーに協力させ、エゴルトは”本”のページを偽装したのだった。


「それで、もう一度聞こう。君はどうする」


 (みのり)は唇を噛み締め、数秒の間をおくと、溜息とともに口を開いた。


「こーさんよ。あなたにはどうあがいても勝てそうにないわ」


 (みのり)はエゴルトに攻撃できない。

 そしてどんな事件や事故でも彼は傷つくことはない。

 たとえ、今、隕石が頭上に降ってきても、彼だけは無傷でいるだろう。

 敗北を認める以外の選択肢は彼女に残されていなかった。


「だそうだ。凛悟君、君はどうする?」

「蜜子を殺した張本人に俺が(くみ)すると思うか? 遊びのように命を奪うお前を、俺は絶対に許さない。まだ藤堂がいる。藤堂がお前の罪を暴く」

「ああ、そんなのもいたな。僕の会社を乗っ取ろうとしているヤツが」

「そうだ、このスマホでここで起きたことは録音済だ。データはクラウドに保存されている。今頃は藤堂がそれをダウンロードして聞いているはずだ」


 震える手でスマホを取り出し、凛悟はそれを見せつける。

 このスマホを取り上げようが破壊しようが意味がないというように。

 

「それが君の最後の切り札か」

「そうだ、日本の警察を舐めるな」


 声を振り絞り、凛悟はその台詞を放つ。


「君は僕が遊びでマリア君に命じたと思っているのか?」

「どういうことだ?」

「当ててみたまえ、正解したなら君に生き残るチャンスをやろう!」

 

 面白いショーでも始まるような口調でエゴルトは高らかにそう言った。

 



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