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3-31.第20の願い マリア・シスター・クリスト

 ある者は自らの頭を撃ち抜き、ある者はナイフで喉を切り裂き、またある者たちは互いに互いを撃つ。

 ドサッという音と絨毯に()みる赤黒い血。


「キャ……、キャァァァアアアアー!! は、早く、救急車を! 救急車!」


 修道服を着た女性、マリアが震える手でスマホを取り出し救急車を呼ぼうとする。

 だが、


 パンッ


 その手がスマホごと撃ち抜かれた。


「今、外部に連絡されるのは困ります。みなさま、落ち着かれますよう」


 片手にデリンジャーを構えるレイニィの姿に、誰もが沈黙する。

 沈黙を破れる人物はひとりだけだった。

 この場を支配する男、エゴルトだけだった。

 

「レイニィ、君は自害しないのか?」

「自害? わたくしがエゴルト様の敵になりうるはずがないじゃないですか」

「なるほど、自分を対象外と認識しているわけか。これは少し考える必要があるな」

「なにをおっしゃているのです?」

「レイニィ、君は僕の命令なら何でもすると誓ってくれたね。何度も」

「はい、だってわたくしはエゴルト様を愛していますもの。もちろんエゴルト様もわたくしを愛していらっしゃるのでしょ。失礼ですが貴方様の手帳を見せてもらいました」

「あれを見たのか」

「……嬉しかった。貴方様の命令はわたくしにとって絶対ですわ」

 

 レイニィは夢を見た。

 夢の中でエゴルトの手帳を見せてもらい、そこには自分への愛が書かれていた夢を。

 夢から醒めた時、彼女はどうしてもそれが気になって、もう一度それを見た。

 同じ”愛している”の文字を見つけた時、彼女は完全にエゴルトを信じてしまった。

 不幸なことに。


「レイニィさん、逃げて! 耳をふさいで! そして逃げて! 早く!」


 この時、ふたりの心を一番理解していたのは意外にも蜜子だった。

 エゴルトと会話した時、彼女は感じていた。

 この男は人を陥れることが好きだということを。

 そして何よりも蜜子は読んだことがあったのだ、”本”のエゴルトのページを。


「その人はあなたを愛してなんかいない! ”本”には『自分しか愛してない、誰も信じてない』って書いてあったの!」

「そんな嘘に騙されませんわよ」


 蜜子の言葉を一笑に付すレイニィであったが、沈黙するエゴルトに不穏な気配を感じた。

 幾多の死線をくぐり抜けてきたが故に感じてしまった。


「……嘘ですよね」

「残念だよ。君を失うのはとても残念だが、君は知り過ぎてしまった。君の存在は僕のアキレス腱になりうる」


 エゴルトの目は彼女をもう部下として、女として見ていなかった。

 ”祝福”の効果を試す実験動物を見るかのような目だった。


「レイニィ、君に命令しよう。そこのガラスを頭でかち割って飛びおりてくれ」

「な、なにを……」


 レイニィは彼が何を言っているかわからなかった。

 わかりたくもなかった。

 だが、その足は確実にガラスへと進んでいった。


 ゴンッ、ゴンッ


 大都会を一望できる見晴らしのよい窓ガラスにレイニィは自らの頭を叩きつける。

 数発で額が割れ、その顔は血で染まる。


「どうして!? どうしで!? わたくしをあいしてるって!? がいで! あっだのに!?」

「どうしてだろうね。わかるかい、凛悟君」


 ゲームでも楽しむようにエゴルトは問いかける。


「手帳を盗み見られた時、その文言が口封じになると思って書いていたんだろ」

「ザッツ コレクト!! 正解だ! やはり君は賢いな!」


 重苦しい空気の中で、ひとりエゴルトだけが上機嫌に手を叩く。


「ごっ、ごろしでやる! よぐももであそんでぐっれだな!」


 視界が朱に染まりながらもレイニィは手のデリンジャーをエゴルトに向けて撃つ。

 こんな傷、何度も経験してきた、外すはずがない。

 そう思いながら必中の弾を。


 ポスッ

 

 だが、その弾は不自然な軌道を描き床に穴をあけた。


「なるほど、事故や事件で傷つかないというのはこうなるのか。またひとつ検証が出来た。ありがとうレイニィ」

「ごっ、ごろじでやる! ぜったい! ヴマレがわっでも! どんなヴンめいでも!!」

「いいとも、やってみたまえ」


 エゴルトはそう言うと、ひと呼吸おいて言葉を続けた。

 

「できるものならね」


 高層ビルの窓ガラスは特別製。

 少なくとも人間が叩いた程度では割れないくらいには頑丈だ。

 

 ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ……、ゴポッ


 骨が砕け、液体があふれるような音が響いた時、レイニィの身体は力を失い、倒れたまま動かなくなった。


「なるほど、履行不可能な約束を強制すると、出来る限りそれをやろうとするのか。これもまたいい検証になった」


 1時間前は洗練されたパーティの様相を見せていたが、今やこのレセプションルームは地獄と化していた。

 生きている者はテーブルの影で震えるか、放心状態で床に座り込むしかなかった。

 だが、それでも立ったままでエゴルトに相対する者がひとりだけいた。

 凛悟である。


「何か言いたそうだね。凛悟君」

「まだだ、まだ終わっていない」

「終わっているさ! ああ、君は知らないかもしれないね。蜜子君は僕と約束しているのだよ。”祝福”を僕にために使うってね。残った祝福は5つ、その全てが僕の手の中にある。あのふたりも僕と約束しているからね、”祝福”を僕の言う通りに使うと。もう終わっているんだよ”祝福ゲーム”は。僕の勝ちでね!」


 ”祝福”を巡る戦いはこれで終わりとばかりにエゴルトは言い放つ。

 

「あ、あなた! こんなことをして! 天罰が下りますよ! 神がお許しになるはずがありません!」


 撃たれた手を抑えながら、修道服の女が、マリアが叫ぶ。


「そうかな? 神の”祝福”で僕はこうなっているのだがね。よし、次の願いはこうしよう」


 エゴルトがそう言った時、その背後から襲い来る影があった。

 (みのり)である。

 絨毯に染みた血のおかげで電圧が弱まった所をピンを抜いて感電から脱出したのだ。


「よくもやっでくれたわね!!」


 常人のそれを遥かに超えた蹴りであったが、それは虚しく空を切る。


「君は馬鹿かね、僕に攻撃は出来ないし、僕はどんなことでも傷つかないようになったんだよ」

「うるさいっ! 死ねっ! キモイんだよ! おっさんが若作りしてさ! あー、キモキモっ!」


 攻撃があたらないのなら口撃でといわんばかりに(みのり)は罵詈雑言を浴びせる。

 唾を飛ばすほどに、毒を吐きながら。


「その汚い口を閉じたまえ!」


 さすがに頭に来たのだろう、エゴルトの拳が(みのり)の顔面へと飛ぶ。

 彼女はそれを、あろうことか歯で受け止めた。


「つっ」


 (みのり)の歯が宙を舞う。

 だが、それと同時にエゴルトの顔にも苦悶の表情が浮かんだ。

 その拳からは血が流れている。


「おっやー? 無敵じゃなかったんですかぁー? ケガしてますよぉー」


 エゴルトは事故や事件で傷つくことはない。

 だけど自爆なら?

 そう考えた(みのり)の目論見は見事に的中していた。


「まさかな、こういう落とし穴があったとは」

「ちょーしこいてんからそうなっちゃうのよ。バーカ、バーカ」


 出来ることはこれだけ、だけど挑発すればするほど有利になる。

 

「君は少々うるさいな。退場願おう」

「あら、どうやって? あたしはそのあなたの×××(ピー)くらいの銃じゃ死なないんですけど」

「こうやってさ」


 スマホを取り出し、エゴルトはその画面を後方の修道服を着た女性に見せる。


「マリア君! 約束通りに君の孤児院の口座に金を振り込んだ。願いを叶えてもらおう!」


 指名を受けたマリアは「ひっ」と軽く悲鳴を上げる。

 どんな”願い”を叶えさせられるのだろうかと。

 エゴルトは(みのり)を指差し、彼女に告げる。

 

「こう願いたまえ、『この女を殺し尽くせ』と」

 

 マリアは祈った。

 神に。

 祈らざるを得なかった。


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