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3-29.第17の願い 湊 藤堂

◆◆◆◆


  それは、第18の願いが叶えられる約1時間前。

 (みのり)の乗るリムジンが都内に入り、彼女が来るべきエゴルトとの会合について脳内でシミュレーションを繰り返していた頃。

 その男は、(みなと) 藤堂(とうどう)は神の座で叶えて欲しい願いを述べていた。


 「──とまあ、ワイのお願いはこげん無体なお願いばってん、出来ると?」


 汗で手の中が湿る。

 凛悟はんは十中八九叶えられるとゆうてたが、願いの内容はかなりインチキ。

 ルールの穴を突くにもほどがあるっちゅうもんや、というのが彼の正直な感想。

 だが、今のこの状況を打破するにはこの願いしかないというのも彼は理解していた。


「その問いに答えよう。出来るとよ! その願いを叶えよう、付帯事項も含めてな」

「いうてみるもんやな。正直、オマケの部分はいかんかと思っとった」

「この願いが1番目であったらそこは駄目としたかもしれぬ。だが、一度譲ってしまった前例が出てしまうと、次からは譲らざるを得ない。我も少し反省している」


 光の影は少し(うつむ)くような仕草を見せる。


「そっか、神さんにも色々と事情があるちゅうんやな。ま、おかげで助かったとよ。あんがとさん」

「こちらこそ、どういたしまして、というべき所だなここは。では、さらばだ」


 友達同士のまた明日というように神が手を振ると、藤堂はそれに応えるように手を振りながら去っていった。


◆◆◆◆


 「どうだ? うまくいったか!?」


 ここは東京のビジネス街のとあるホテル。

 藤堂が現実に戻った時、結果を問いかけてきたのは凛悟だった。


「バッチリや! 凛悟はん! やっぱアンタは天才や!」

「やったな! これで藤堂はハッピーエンド確定だ。ここで抜けてもいいんだぞ。抜けられると困るが」


 冗談半分、本気半分、哀願をひとつまみ。

 凛悟は笑いながらそう言うが、その中に隠れた不安を藤堂は見逃さなかった。


「水くさいこと言わんと。ワイを信頼して助けに来てくれた凛悟はんに報わないようじゃ男じゃなかとよ」


 凛悟の笑顔が深くなり、そして真剣な顔になる。


「よし、なら作戦通りだ。俺と蜜子の運命を藤堂に託す。いざという時の修正や最後の判断は任せたぞ」

「ああ、ワイはやっちゃる! やっちゃるぜ!」


 ふたりは軽く上げた互いの腕を交差させ、決意を胸にホテルを出る。

 凛悟はエゴルトの待つエボルトテック本社へ、藤堂はオフィスビルの中心へそれぞれと駆けていった。


 ◆◆◆◆

 ◇◇◇◇

 

 そして時は今に至る。


「答えたまえ、凛悟君。君は知っている、いや君しかしらないはずだ。第17の願いの秘密を。ここにいない最後の”祝福者”(みなと)藤堂(とうどう)と君が一緒に行動していたのはわかっている」


 エゴルトの視線が強くなると、凛悟を押さえつけている給仕服の男の力も強くなる。

 凛悟の顔が(ゆがむ)むほどに。


「答えてやってもいいが条件がある」

「この()におよんで僕と取引をするつもりか? いいだろう、最後の慈悲だ言ってみたまえ」

「テレビを付けてくれ。東京DXテレビの経済チャンネルだ」

「は?」


 エゴルトの気の抜けた間隙(かんげき)()って壁の大型テレビのスイッチがオンになる。

 

「センパイ! あたし信じてました! センパイならここで一発大逆転をしてみせるって」


 いつの間にかリモコンを手にした蜜子が笑顔で手を振る。

 エゴルトは一瞬、蜜子に目をやるが、そこに構う必要はないとテレビの報道に集中する。

 テレビの中ではとあるファンド会社が記者会見を行っていた。


「あ! 藤堂さんだ! センパイ! 藤堂さんがテレビに出ていますよ!」

「みんなよく見ておけ、俺たちの協力者、藤堂の会見をな」


『我々ゴーツク・ファンドは(みなと)藤堂(とうどう)氏の要請を請け。これからエボルトテック社のTOBを行うことを決定しました。TOB価格は721ドル。昨晩の終値の倍であります』

「721ドルだと!?」


 金額が出た時点でエゴルトの驚きの声が上がり、続けて会見会場からのどよめきの声も聞こえてくる。


「センパイ! 何か難しいことをテレビが言ってます! TOB(とべ)とか!?」

「蜜子、TOBとはその会社の株をおおっぴらに買い付けることで会社を自分のものにすることだ。ようするに札束で殴りに来てるんだよ! 藤堂は!」

「あうち!」


 久しぶりの聞いた蜜子の『あうち!』で凛悟の背中の痛みが和らぐ。

 いや、実際に和らいでる。


『では、今回の買収の要求元である(みなと)藤堂(とうどう)さんのお話を伺ってみましょう。今回の買収の目的は?』


 会見の骨子は簡単に終わり、場面は質問に移っていた。


『目的は経営の正常化です。今の経営陣、特にシャッチョサンのエゴルトには経営上の疑念が数多くあります。黒い噂ですね。ワイ……、私はそれを清浄化し、経営陣を刷新して、確かな技術を正しい方向と経営に使うのが目的です。ちなみに買収資金は無限に近いで。神がかった資金や』


 バキィーン!!


 シャンパンのボトルがモニターに叩きつけられ、中継の画像は藤堂のドアップ画像で止まった。


「何が神がかった資金だ! 何が!」


 ボトルを投げたのはエゴルト、怒りに震え肩で息をしている。


「おっとそんなに怒るなよ。さて、そろそろだな。エゴルト、さっきの質問に答えよう。第17の願いの秘密はそれさ」


 顎で凛悟が本を示すと、エゴルトの手の聖痕(スティグマ)が変わる、7から6に。

 そして”本”にも文字が浮かび上がって来る。


 第17の願い (みなと) 藤堂(とうどう)

 ── エゴルトテック社の全株式と経営権を合法的に手に入れたい。 なお、この願いの内容が鈴成 凛悟の”本”と”祝福者”の聖痕(スティグマ)に反映されるのは1時間後となる ──


「藤堂の願いはこの会社を合法的に乗っ取ること、そして”本”と”聖痕(スティグマ)”への反映にディレイをかけることだ! さて、俺と押さえつけているそこのアンタ。このままでいいのかい? 数日後にはアンタのボスは俺になっているかもしれないぜ。俺と藤堂はマブダチだからな」


 凛悟がニヤリと笑うと、彼を押さえつけていた給仕服の男がその腕をどける。


「おい! 何をしている! 僕は彼を解放していいとは命令していないぞ」

「スミマセン、ボス。デモ、アタラシイ、ボスもダイジ」

「わかってくれて嬉しいよ。ま、君たちに黒い噂があるのは知っているが、命令されてやむを得なくやっていたことにしよう」


 服の埃をパンパンと払いながら、凛悟はゆっくりと立ちあがる。


「さて、(みのり)ちゃん。君はどうする? 世界のトップスターになりたいのだろ。今はさておき、これからは俺と藤堂の方がプロデュース(ちから)はあると思うぜ。君の魅力もよくわかっているし」


 藤堂ならこう言うだろうなと思いながら凛悟は(みのり)へと手を伸ばす。


「そうね、あたしの目的のためにはそれもありかもね」

 

 感心したように彼女も軽く手を挙げてそれに応える。


「他の”祝福者”もどうだい? まだそこのエゴルトに協力を続けるかい? 彼の支払い能力に疑問があっても」


 ここにいる”祝福者”の第一目的は金。

 そこに(くさび)を打ち込むことで凛悟はその協力関係に揺さぶりをかける。


「スゴイです! センパイ! さっきまで敵だらけだった会場を、一気に味方ばっかりにしちゃいました!」

「ま、本気を出せばこんなもんよ。さ、エゴルトさん、これが最後通牒(さいごつうちょう)だ。みんなで幸せになるという俺の案に乗れば、アンタを経営陣の片隅に置いてやってもいいぜ」


 この前の意趣返しとばかりに凛悟はエゴルトに判断を迫る。


「フッ、フフフフフッ、ファァハハハハ!!」

「何がおかしい? この願いの恐ろしい所は、合法的(・・・)に全株式と経営権を手に入れるまで願いが叶ったことにならないことだ。他の誰かがひとつでも株式を持っている限り、叶っていない(・・・・・・)ことになる。だが、過半数を手に入れれば経営権は手に入る。つまり、全株式を手に入れるまでの間、願いは叶っていない(・・・・・・)状態が続くということだ。これがかなりの日数になることはわかるだろう」

「だろうな」


 高笑いを止め、もはや興味がないというようにエゴルトは軽く言う。


「たとえ藤堂の願いをその手の”祝福”を使って無効化しようとしても、こっちは神に『叶ってないぞ! やり直し!』とクレームを入れることが出来る。だって”まだ叶っていない願い”を無効化なんて出来ないだろ。その間に手に入れた経営権で俺達はアンタを糾弾出来るんだぜ」

「へぇ、けっこう頭いいのね、貴方」


 叶っていない(・・・・・・)状態を続けるという発想に(みのり)は感心する。

 もし、エゴルトが完全に清廉潔白なCEOであったなら、この脅しは通用しない。

 だが、実態はそうではない。

 経営権を凛悟たちに握られたら、彼は数多くの罪で裁かれることになるだろう。

 情勢はエゴルトにとって不利。

 凛悟を除いた皆がそう思った時、不敵な笑みを浮かべていたエゴルトが口を開いた。


「その程度か」


 その顔を見た時、凛悟は思った。

 やはりダメだったか、と。


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