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3-20.楼閣の送迎 エゴルト・エボルト

 エボルトテック社の最上階、”祝福者”たちが軟禁されているVIPフロアのさらに上、CEO専用の執務室でエゴルトは見る。

 見るものはふたつ、左手の聖痕(スティグマ)と”本”。

 聖痕(スティグマ)の数字は8と8。

 これは残った”祝福”の数は8個でそれをふたつ彼自身が保持していることを意味する。

 彼にとってその意味を読み取るのは容易。

 問題は”本”の方。

 この”本”にはこの”祝福ゲーム”のあらゆる情報が自動更新されるはず。

 だが、第16の願いが叶い、残数が9から8に減ったにもかかわらず、その詳細は不明。

 記載されているのは逸果(いつか) (みのり)のページに『第16の願い』という空欄があるのみ。

 エゴルトはこのふたつを交互に眺め、思案する。


「エゴルト様、(みのり)暗殺計画についての報告ですが……」

「すまない、少し黙っていてくれ」


 企業のトップにはカリスマが求められる。

 感情を露わにする経営者は所詮2流。

 1流の経営者なら常に余裕と平常心を保つべきであり、エゴルトは少なくとも表向きはそれを実践してきた。

 だが、今、特別秘書のレイニィにかけられた台詞は、そこから少々逸脱していた。

 待つほど数分。

 いくつかのページを往復していたエゴルトの手が止まり、何か納得したように頷く。


「すまないね。考え事をしていたんだ」

「結論は出ましたのでしょうか」

「ああ、確認するのはこれからだが仮説は出た。報告を聞こう」

「はい、作戦は失敗。相手はおそらく”祝福”を使って危機を逸したと考えられます」


 レイニィがリモコンを操作すると、執務室のモニターにヘリからの画像が映し出される。

 機銃掃射で腕が、胸が、頭が吹き飛んでもターゲットの身体はゴワゴワゴワと再生を繰り返していく。


「これはCGかね? ジャパンアニメのCG技術はハリウッドに遠く及ばないと思っていたが最近のは出来がいいじゃないか」

「お戯れを。これは実写です。CGでも特撮でもありません。そして次です」


 機銃がクールタイムに入り、弾丸の雨が止んだ瞬間、ターゲットは跳んだ。

 ゆうに100メートルはある距離を、ビルの5階まである高さを。

 ガシャと窓が割れる音、パンパンという銃声、怒号と悲鳴と嬌声が響き映像は終わった。


「あのアイドルは改造人間だったのかな。パワーレンジャーの仲間の」

「違います。それで先ほどからヘリの乗員よりコールが続いていますが、どうされますか」


 再びエゴルトは冗談めかしく言ったが、レイニィは気にすることなく冷静に返す。


「もちろん聞こう」


 その返事にレイニィがリモコンを操作すると、モニターにふたりの人物の姿が映し出された。


『エマージェンシー! エマージェンシー! ああ、やっとつながってくれた! 助けて下さいCEO!』

『あ、社長さんだー! やっほー! 5時間と22分ぶりですね』


 ヘリのパイロットは涙目で助けを求め、それとは対照的に隣の全裸の女性は血まみれの笑顔で挨拶をする。

 パイロットの右手はダラリと下がり、その首には女性の、(みのり)の手が添えてあった。

 

「アンバー、状況の説明を。ブライトはどうしている?」

『ブライト? あー、あの人! あの悪い人はね()っちゃった。あたしのファンの命を使わせた罰。見えるかな?』


 カメラが動き、後部座席を映すと、そこに男性の死体が映る。

 男性は遊園地のバルーンアートのように全身がくびれていた(・・・・・・)


『し、CEO報告します。この女は化け物です。助けて下さい、お願いします』

『あらやだ、化け物だなんて。魔性のアイドルって呼んで』

「そのようだな。Miss(ミス)ミノリ、君と話したいことがある」


 Miss(ミス)という響きに(みのり)はほんのわずかに口の端を上げる。

 

『あら奇遇ね。あたしも社長さんに質問とお願いがあるの』

「結婚の話なら断ったはずだが」

『んもう、いけずぅ~。それでもいいけと別のこと。聞いてくれるかしら?』

「なにかね?」

『そこに凛悟くんの”本”はあるかしら?』


 なるほど、目的はそれか。

 (みのり)の狙いに気付きエゴルトは”本”をモニターに映す。


「君は鼻が利くようだね。この通り”本”は僕の手の中だ」

『だってあたしはスターですもの。ハイウェイ・スターみたいに鼻は利くわ。それでね、お願いがあるの』

「その前に僕の質問に答えてくれるかな?」


 エゴルトがチラリと横目で見ると、彼の隣でレイニィがPCを向けている。

 その中では(みのり)の頭や四肢が何度も吹き飛ばされ再生する姿が流れていた。

 会話をしつつ、エゴルトはその映像から彼女の秘密を探ろうとしていた。


『答えられる質問ならいいわよ』

「それでいい。君に聞きたいのは君の願いのことだ。君の願いの付帯事項(ふたいじこう)に、”願いの内容はこの”本”に載らない”というのがないかな」

『あら~、気づいちゃってた?』

「それは肯定と受け取るが」


 モニター越しのふたりにしばしの沈黙が流れる。


『そうよ。ぴったしカンカンよ。じゃあ、今度はこちらからね。あたしのお願いは簡単よ。その”本”を見せて』

「僕へのメリットは?」

『あなたの身の安全。こんな風になりたくないでしょ』


 (みのり)はパイロットのヘルメットをパチンと外すと、それを手でメキョっとひねりつぶした。


『あたし、ちょっと怒っているのよ。あたしを殺そうとしたことに。だけど”本”を見せてくれたら水に流してあげる』


 ソフトボールほどの大きさに圧縮されたヘルメットをクルクルを回しながら(みのり)は笑う。


「ああ、それはすまなかった。ただ、君のお願いについて少し考える時間が欲しい。ここでじっくりと話し合おう。交渉が決裂するまでは互いに休戦というのはどうかね?」

『そっちから喧嘩を売ってきたんですけどー』

「今、第2ラウンドのゴングを鳴らしても僕はかまわないのだが」


 左手の手袋を見せつけるようにエゴルトはモニターの前に手をかざす。

 そこには他の”祝福者”から奪った聖痕(スティグマ)があるのだが、(みのり)はそれを(うかが)い知ることは出来ない。


『わかったわ。しばらくの間は休戦にしましょ』

「休戦協定成立だな」

『ええ、でもそちらまでの迎車は一級品でないとイヤよ』

「最高級のリムジンを用意しよう。アンバー、ポイントCに彼女を降ろしたまえ。迎えを出す」

『イ、イエッサー!』


 冷や汗を垂らしながらパイロットが操縦桿を倒す。


「さて、しばしのお別れだ。次に会う時はもう少しフォーマルな服装で頼む。目のやり場に困るのでね。リムジンの中にドレッサーも用意させるので準備を整えるといい」

『おめかししていくわ。惚れてプロポーズしたくなるくらいに』


 (みのり)の手を振るポーズを最後に通信は切れた。


「CEO、リムジンであの(ビッチ)()りますか? 海の底へ沈めるのがよいかと」

「レイニィ、今は休戦中だよ。それに、その程度(・・・・)ではあのアイドル(ビッチ)は始末できないだろう」


 エゴルトのビッチ呼びに終始険しい表情だったレイニィの顔が少し緩む。


「始末できない……、ということはCEOはあの(ビッチ)の願いがわかったのですか?」

「予想は付いた。きっとあれは”奪う”系の願いだ。対象から筋力や命を奪って自分のものにするといったね」

「なるほど、あの化け物じみた再生力や(ビッチ)にふさわしくない戦闘力もそのせいだと」

「そうだ。そして、おそらくだが”祝福”も奪える」


 僕と同じようにねと言わんばかりにエゴルトは左手の手袋を外し聖痕(スティグマ)を見せる。


「なら、どうしてあの(ビッチ)はすぐにそうしないのですか?」

「風が僕に吹いているからさ。僕は運がいい。いや、君の部下がいい働きをしてくれたおかげかな」

「よくわかりません」

「彼女はこの”本”を見たがっていたろ。それがヒントさ」


 エゴルトは”本”をポンと叩くが、それでもレイニィは首をかしげる。


「つまり彼女は警戒しているのさ。昨晩の願いが”祝福を奪おうとするヤツは死ぬ”という願いであることを。もちろん僕はそれがケビン君のささやかな願いだと知っている。だが彼女は違う」

「なるほど、あの(ビッチ)がやけに”本”に執着しているように見えたのはそのせいでしたか」

「そうだ、そして執着していたのは”本”だけじゃない。”結婚”というキーワードにもだ」


 Miss(ミス)という呼びかけに(みのり)がわずかに反応していたのをエゴルトは見逃していなかった。

 

「僕の予想だと口約束でも彼女と”結婚”してしまうと全てを奪われると思っていい」

「クソ(ビィッチ)ですね」


 レイニィはエゴルトの頭の冴えに舌を巻く。

 

「同感だ。さて、彼女を出迎える準備をしよう」


 タネがわかれば対処は容易い。

 エゴルトの頭の中では(みのり)を排除する策がいくつも練られていた。


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