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3-16.試練の詰問 エゴルト・エボルト

 ノックと共にCEO室に入ってきた女性をエゴルトは見る。

 ひとりは彼を支える(いしずえ)、レイニィ、もうひとりは彼の目的の要のひとつ、蜜子。


「エゴルト様、蜜子様をお連れしました」

「ありがとう。そこで控えてくれ」

「かしこまりました」


 映画のような悪役なら、ここで意味もなく人払いをするのだろう。

 だが、彼はそんなことはしない。

 エゴルトは非力な女性であっても”祝福者”に対し無警戒でいるような男ではないかった。


「座りたまえ。何か飲み物を用意しよう。紅茶でいいかね」

「はい、いただきます。出来ればアールグレイを」

「了解した」


 エゴルトはそう言うと、壁の棚へ向かいカップの準備を始めた。


「お口に合うといいのだが」

「おいしいです」


 正直、蜜子にとって紅茶の味の差はわからなかったが、それが美味しいということだけはわかった。


「ああ、今日のは良い出来だ」


 後方からのレイニィの鋭い視線に気おくれすることなく蜜子は来賓用ソファで紅茶を味わう。


「意外だな。そんなに落ち着いているとは」

「あたしも意外。CEOってお茶も入れるのね」

「ひとりで考える時の気分転換にちょうどいいのでね」


 組織を率いる立場になるとどうしても誰にも相談が出来ない悩み事がある。

 そんな時、ささやかな成功をすることで自信と展望が湧くのだ。

 エゴルトにとって良い紅茶を淹れることは、そのささやかな成功なのである。


「さて、本題に入ろう。ここに呼ばれた理由はわかるかね?」

「センパイの居場所なら知らないわよ」

「それは僕にとってさほど重要じゃない。君がコミュニケーションブースでやっていることについてだ」


 少し(とが)めるような口調でエゴルトは蜜子を見る。

 (にら)むと形容してもいいほどに鋭く。


「やっていることって、あたしが他の”祝福者”をセンパイの案に誘っていること?」

「そうだ。何故そんなことをする? 君はここに来た時に僕と約束したはずだ『祝福を僕のために使う』と」


 エゴルトは返答次第では壁際のレイニィに指示を実行させるつもりでいた。

 それは彼女の返答がエゴルトの邪魔になるようだったら始末しろという指示。

 つまりは”祝福”を奪う指示だ。


「ええ、その通りよ。だからあたしは他の”祝福者”を誘ったの。みんなで幸せになりたいって願ってるから。もちろんあなたも含めて」

「本気でか!?」

「本気でよ。あなたの目的はわからないけど、幸せになることが保証されて損はないでしょ。それに……」

「それに……なにかね?」

「あなたって、そこのレイニィさんがヒドイ目にあったら幸せじゃないでしょ」

「……もちろんだ」


 少しの間をおいてエゴルトは答える。


「そうでしょ、そうでしょ、センパイの案のスゴイ所はね、こうやって”祝福者”を中心に幸せの輪が広がってくれるとこなの。これって素敵じゃない」

「それなら『全人類を幸せにしろ』と願ったほうがいいのではないか」

「あー、それね、あたしもちょっとそれを考えたけど『それだと神が”猿の手”だった時に詰む』んだって」

「なるほど、全人類が幸せしか(・・・・)感じなくなってしまう恐れがあるということか」

「そうそう、あばばばばばってね」


 蜜子の愉快な顔にエゴルトの顔から笑みが漏れる。


「あとね『それだと蜜子に横恋慕する男も蜜子と結ばれてしまう。俺は蜜子をシェアする気はない』ですって。やだもー、センパイったら関係ない会話から惚気(のろけ)に走るだなんて、イヤン、バカン、好きっ!」

「君は本当に彼のことが好きなんだな」

「もちろん、出会ったその日から恋に落ちたもの」

「それは興味深い。よかったら()()めを話してくれないか?」


 これは純粋にエゴルトの興味からの問いかけだった。

 

「いいわよ。でもよくある話よ。ある夜にね、あたしガラの悪い人たちに絡まれていたの。いわゆる半グレってやつ。知ってる? 半グレ」

「日本での暴力団(マフィア)まがいの集団のことだろう」

「そうそう、そこに颯爽(さっそう)と現れたのがセンパイってわけ」


 あの男、凛悟はフィジカルが高そうな体格をしていた。

 それなりに鍛えているのだろう。

 本当にありふれた話だ、先の展開も読める。

 少し期待外れだったかなとエゴルトは軽く息を吐いて紅茶を口に運んだ。


「そこでね、センパイったらいきなり嫁運びレースを始めたの!」

「は?」


 エゴルトの頭がガクンと動き、カップの水面が揺れる。


「そうしたらね! 半グレ達が逃げ出して、最後はおまわりさんに捕まってそのチームは壊滅しちゃったの! スゴイでしょ!」


 ……意味がわからない。

 いや、単語の意味はわかる。

 嫁運びレースはフィンランドのお祭りのレースで、男性が女性を抱えて走る競技だ。

 だが、どうしてそれがマフィアまがいが逃げ出して警察に捕まるのだ。

 エゴルトは可能性をいくつか脳内でシミュレートしてみたが、納得のいく解は得られなかった。

 

「すまないが、もう少し詳しく話をしてくれないか?」

「あ、ごめんなさい。少し端折(はしょ)り過ぎちゃった。あたしが半グレに絡まれていた時にセンパイが現れて、半グレたちにひっどい悪口を言ったの。そしてあたしを抱えて逃げ出したのよ。スッゴイ早かったわ、顔を真っ赤にした半グレたちが追いつけないくらい」

「なるほど、嫁運びレースとはそういうことか」

「でもね、あたしがいくらダイエット中だったとしても、あたしを抱えては逃げ切るのは無理よね。センパイも半グレも息を切らしたあたりで追いつかれちゃったの。センパイはあたしを降ろして盾になったわ」

「凛悟君は君を身を(てい)して守ったということだな」

「そう。で、思いっきり顔を殴られていたわ。でもね、この時点でセンパイは勝ち確になったのよ! もう天才っ!」


 ここまで情報があればわかる。

 エゴルトは話の全容を理解した。


「なるほど、殴られた場所がキーだったということか。おそらくそこは交番(ポリスボックス)の前ではないかね?」

「うわっ、そこまでわかっちゃうの!? あなたも天才なの?」

「天才ではないな、よく失敗もする。だが、毎日を無為に過ごす俗人よりかは知識もあり知恵も回ると思っているよ」

「耳が痛いわ」

「確かに凛悟君は賢いようだ。今の話からすると、殴られた時には相手もスタミナを失っていたはずだ。おのずと拳の威力も弱まるし、それを目撃した警官(ポリス)からの逃走も出来なかったのだろう。一度逮捕されればここぞとばかりに警察は半グレたちの余罪を追及する。仲間も芋づる式に捕まったというわけか」

「すっごーい、その通り」


 確かに賢いやり方だ。

 たとえ腕に自信があっても複数人を相手にするにはリスクがある。

 勝てたとしても、喧嘩で半グレを倒したとなれば警察からは色々と聞かれて面倒になるに違いない。

 鍛え上げた肉体、咄嗟の状況判断、地の利、全てを総合しても”一方的に殴られる”という解は早々に出せないだろう。

 エゴルトの中で凛悟への評価と警戒心が上昇していた。

 

「センパイのいいところはね、どんな悪い相手でもこちらからは手を出さないってこと。弱腰って思われることもあるけど、それってとても勇気のいることだと思うわ」

「でも相手がどうしようもない悪人の場合もあるだろう。放っておけないような」

「そんな時はねセンパイは相手が自滅するように仕向けるの。あの時の半グレのようにね。惚れちゃうくらいカッコいいでしょ。あたしは惚れちゃったけど、惚れちゃダメよ。センパイはあたしのなんだから」

「安心してくれ、僕は男には興味はない」

 

 砂を吐きそうになる気持ちを抑えながらエゴルトは(かぶり)を振る。

 それはレイニィへの合図だった。

 暗殺中止の。

 

「オーケィ、君の気持ちはわかった。僕のことも考えての事ということでコミュニケーションルームでの行動には目をつぶろう。だが君は状況はわかっているのか?」


 エゴルトは左手の手袋を取り、蜜子に見せる。

 99の数字を。

 

「……もうひとり、やったんですね」

「色ボケでもこれくらいは気付くようだな。その通りだ。僕には”祝福”がふたつある。さらに”本”もある。”祝福者”も確保している。どうだ本気でこちらに乗り換える気はないかね」

「今なら間に合います。センパイの案に乗って下さい。余った”祝福”は好きにしていいですから」

「僕を脅しているのかね?」

「はい、センパイは言っていました。『暴力を使えば、”なんだこんなに簡単だったのか”と拍子抜けするほど物事は簡単に解決する』って」

「その通りだ」

「だけどこうも言いました『だが暴力を使ったヤツはあまりに簡単に解決するものだから暴力を軽く扱うようになる。溺れるくらいに軽く。暴力(ちから)に溺れた者の行き先は破滅しかない。だから暴力に頼ってはいけない』と」

「ひとつ聞こう。凛悟君は力で物事を解決したことがあるのかね? 暴力に溺れそうになったことが」


 紅茶をひとくち口に含み、喉を潤してエゴルトは蜜子の返事を待つ。

 もし彼が経験からそのことを言っているのだとしたら、少しは忠告として聞いてやろうと思いながら。


「ありません」

「ならただのガキの戯言(たわごと)だな。おおっと悪かった。君の機嫌を損ねる気はないよ。青年の綺麗ごとだな」

「センパイは貴方ならそう言うだろうとも考えていました。そんな時の返しはこうです。『この程度、ちょっとした想像力があればすぐわかることだ』と」


 東京から岐阜までの間、凛悟と蜜子はただドライブを楽しんでいたわけではない。

 エゴルトと直接対峙した時、どのように説得するべきかをシミュレートしていた。


「センパイは優しい人です。でも三度目はないと思います。これ以上、誰かを殺すようなことをしたら、きっと……」


 カップの水面を覗き込むように下を向き、蜜子は言葉を溜める。

 

「きっと、何だというのかな?」

「きっとあなたを許さないと思います。あなたが救われない方法も考えて実行すると思います」

「フッ、フフフ、ハーハッハッハ! ”祝福”も”本”も恋人も無い男がか!」

「恋人はここにいます! 今は遠距離恋愛中なだけです!」


 蜜子がふくれて反論するも、エゴルトの笑いは止まらない。

 エゴルトはそのまま30秒ほど笑い続けると、それをピタリと止めた。


「面白い。やれるものならやってみたまえ。その方が”祝福ゲーム”は面白くなる」


 エゴルトは考える。

 彼女の話からすると、凛悟は思ったよりも優秀なようだ。

 だが現状を分析すると、彼が自分と敵対して勝てるとは思えない。

 彼が勝者になれるとしたら、自分に屈してそのおこぼれをもらう場合だけだと。

 

「忘れないでね。あたし忠告しましたから」

「気にはしておこう。話は終わりだ。戻りたまえ」

「そうさせてもらいます」

 

 一気に紅茶をあおり、蜜子はそのまま部屋を出る。

 そして、数分の後、CEO室の扉が再びノックされた。


「入りたまえ」

「しつれーしまーす」


 軽く間延びした口調で入って来たのは”祝福者”、アーシーヌック。


「申し訳ありませんCEO。この方がどうしてもと言うものですから」

「かまわないよ。ちょうど話をしたいと思っていたところだ」

「アーシーも。あ、その手袋、なるほど、ミッコちゃんの言ってたことは正解みたいね。お偉いさんは”祝福”を殺して奪うつもりだって。こりゃ”本”も本当っぽいじゃん」


 もう”祝福者”でないのなら手袋をする必要はない。

 まだ”祝福”を使っていないのなら”9”の数字を見せればいい。

 それが隠れている意味をアーシーは正しく理解していた。

 

「そうだとしたらどうなのかね。僕のしたことは許せないと今ここで”祝福”を使って罰するかね」

「ううん、アーシーはそんなことしない。アーシーってばロングなものには巻かれるタイプじゃん」


 肩から垂れ下がっているマフラーを首にクルクルと巻き付け彼女は可愛らしくウィンクをした。


「アーシーがここに来たのはミッコちゃんの話が本当か確かめたかったから。そして、本当だったらアーシーのアイディアを聞いてもらうためよ」

「そのアイディアとは僕が聞く価値があるものかい?」

「もちのロンよ! きっと気に入るじゃん。だからジャンジャンお金ちょーだい」


 そしてアーシーは語る、彼女の持つ”祝福”にどれだけ利用価値があるかを。

 エゴルトは、アーシーの話をとても気に入った。

 


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