3-15.乙女の朝会 花畑 蜜子
”祝福者”花畑蜜子の朝は早い。
……いつもならば。
昨日の彼女は激動の一日だった。
夕方には琵琶湖を望む山道でカーチェイス。
そこからヘリで東京へ移動、港区女子がうらやむような近代オフィスビル内の高級ホテル並みのVIPルームに案内され、そこで他の”祝福者”たちと出逢った。
おかげで今日はお寝坊さんである。
結局、説得出来なかった……。
ううん、この程度であきらめちゃダメ! 何度でもチャレンジしないと!
頬を叩いて気合を入れ、蜜子は部屋を出る。
フロアのコミュニケーションスペースではふたりの女性が軽食を食べていた。
「おはようマリアさん、アーシーさん。昨日の話、信じてくれました?」
昨晩、コミュニケーションスペースが解放されるやいなや、集まってきた”祝福者”に蜜子はかたっぱしから声をかけた。
趣旨はふたつ。
ひとつはエゴルトは既に”死んだ人間から祝福を奪い取る”という願いを叶え、ここに集められた”祝福者”は命を狙われているということ。
もうひとつは凛悟の考えた作戦。
3つの願いを使って死んだ人間を生き返らせ、さらには全ての”祝福者”を幸せにするように”祝福”を使うこと。
凛悟の案に乗るように蜜子は必死に説得したが、昨晩は良い返事はもらえなかった。
「正直、まだ話半分でしかありません。それに神がそのようなことを許すのでしょうか」
修道服を着た金髪碧眼の女性はマリア・シスター・クリスト。
名は体を表すって本当ね、と初対面で蜜子が思うほど清楚で落ち着いた女性。
「アーシーもその可能性はありかもって思うけど、それならアーシーたちは、おじゃんになってるはずじゃん」
褐色金髪のギャルっぽい女性はアーシー・ヌック。
どちらもヨーロッパ出身だが蜜子にとって幸いだったのはふたりとも日本語が堪能だったこと。
マリアは日本の寄付団体と懇意にしているから、アーシーは日本のギャルアニメに感化されたのがその理由である。
「そ、それはそうですけど……、でもですねセンパイの作戦ならみんなが幸せになれるんですよ」
「それで、アーシーのもらえる1000万ユーロは?」
「わたくしだけが幸せになるのは本意ではありません。孤児院のみんなが幸せにならないと。それには恥ずかしながらお金が必要なのも事実です」
「マリアってば孤児院とかやってんの!? マジ天使じゃん!」
「いえ、わたくしは天使様とは別の形で神に使える身です。そもそも天使というものは……」
蜜子の目の前でふたりの会話が”祝福”とは違うものに変わっていく。
なんとかして話を戻さないと。
蜜子はふたりの信頼を得るものはないかと頭を巡らせる。
「そうです! ”本”です! ”本”がありました!」
「本がどうかされました?」
「あたしのセンパイは願いました。今まで叶えられた願いや”祝福者”のデータが自動筆記される”本”を。それを見ればあたしの話が信じられるはずです。エゴルトの悪い願いからみなさんの誕生日、スリーサーズまで全部載っているんですから!」
しまった、スリーサイズまでは余計だった。
蜜子はふたりからの冷たい視線を浴びそう思った。
「少し穢わらしい本ですのね。その”本”を確認する必要があります」
「へー、それは興味あるね。どこにあるのさ?」
ふたりの興味は引けたが、その先の問いに蜜子は言葉を詰まらせる。
「……エゴルトの手の中」
「それってエゴルト=サンが勝利に一番近いってことじゃん」
「状況的にはそうなりますね。わたくしたちも恥ずかしながらお金と引き換えに”祝福”を使うことになっていますし……」
「やっぱ勝ち馬に乗るのが一番じゃん」
ふたりに協力してもらおうという蜜子の状況は悪化した。
それでも何とか信じてもらおうと口を開こうとする蜜子に別の人物から声がかかる。
「蜜子様、エゴルトCEOがお呼びです。ふたりでお話がしたいと」
現れたのは蜜子をここに連れてきた人物。
秘書のレイニィ。
「来て、頂けますよね」
静かではあるが重みのあるレイニィの声に蜜子は逆らえなかった。
 




