3-12.第15の願い ケビン・フリーマン
おじさん、どうしちゃったのかな? さっきまであんなにうれしそうだったのに。
ケビンの前でグッドマンは必死に涙をこらえる。
子供は周囲に敏感なもの。
笑顔に囲まれれば笑い出し、隣の子が泣き出せばつられて泣く。
ましてや、それが心からのものであればなおさら。
「なんでもない、なんでもないんだよ」
「うそだよ。ないてるもん。いたいのいたいのとんでけー」
バンザイをするケビンの頭をグッドマンは優しくなでる。
「ありがとう、いたくなくなったよ。じゃあ、本物のおまわりさんのところにいこうか」
立ちあがるったグッドマンの瞳の端にさっきの偽警官が映る。
幸いなことに大通りとは反対方向だ。
「大通りまで一気に走り抜ける。おじさんにしっかりつかまっているんだ」
「うん、わかった」
再びケビンを胸に抱え、グッドマンは全力で大通りに向かって駆け出す。
だが、それは刺客の罠。
希望につながる道を示し、そこに誘い込む。
狡猾にして効率的な罠だ。
大通りの光が見えて来た時、バチッと音がしてグッドマンは顔の側面から地面に落ちる。
テーザーガンによる攻撃を受けたのだ。
咄嗟にケビンを地面からかばえたのは彼の覚悟と鍛錬のおかげだった。
「おじさん! おじさん! おきて! おっきして!」
ケビンはグッドマンの身体をゆするが、グッドマンは動かない、動けない。
暗がりから覆面男が現れ、銃を構えながらふたりに近づく。
「に、げ、ろ……」
グッドマンの必死の訴えにケビンは数歩あとずさり走り出そうとする。
だが、それを刺客が許すはずもない。
動けぬグッドマンの横をすり抜け、ケビンへと手を伸ばす。
震える少年へと伸びる手。
その手がピタリと止まった。
最後の力を振り絞ってグッドマンがその足をつかんでいた。
「しぶといやつだ」
ほんの一瞬、男の視線と手がグッドマンへと移る。
「にげろー! ケビン!」
その声ともう一度バチッとグッドマンの背で鳴るテーザーガンの音が合図だった。
ケビンは全力でそこから走り出す。
数秒遅れて男も走り出す。
その場で発砲しなかったのは、男がケビンを仕留める時は頭を一発で撃ち抜けと命令されていたから。
「ああ、あああああーん」
恐怖で、悲しみで涙を流しながらケビンは逃げる。
どこへいけばいいのかわからない。
ママもいない、パパもいない。
おじさんはうごかない。
少年の先には闇だけ。
「もういやだ、パパ、ママ、どこなの、まいごなの! いやだよ、いやだよ、あいたいよ、いっしょにいたいよ、パパとママにあいにいきたいよ! だれか、だれか、どうにかして、ボクのおねがいをきいて!」
ケビンがそう叫んだ時。
目の前の闇が明るくなった。
◇◇◇◇
明るい闇の中、光の人影の前にケビンは泣きながら立ちすくむ。
「それが君の願いかい?」
「そうだよ。パパとママにあいたい。あいにいきたい」
涙を流しながら訴えるケビンの声に光の影は少し困ったような仕草をみせる。
「その願いを叶えることはできる。だけどね、君のパパとママに会いに行くとね、君は死んじゃうんだ。それでもいいのかい?」
「いい! しんでもいい! だからボクをあいにいかせて!」
──ほんの少しの間をおいて、
「わかった、その願い、叶えよう」
光の影は少年に死を告げた。
◇◇◇◇
グッドマンが見たのは遠くで急に倒れるケビンの姿。
そしてインカムで何かを話す覆面男。
やがて、覆面男はそこから姿を消した。
肩の傷とテーザーガンのダメージは今もグッドマンの身体に響いている。
それでもなお、重い身体をおしてグッドマンは何とか立ち上がりケビンへと近づく。
そして、気づいてしまった。
ケビンの身体に傷はないのに、その命が失われていることに。
左手の聖痕は影も形もなかった。
グッドマンの耳にケビンの『パパとママにあいにいきたい』という叫びが残っていた。
彼は涙をこらえることが出来なかった。




