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3-11.最悪の予感 クリストファー・グッドマン

「ケビン君、本当にケビン・フリーマン君なのか?」

「うん」

「ちょっと手を見せてもらってもいいかな?」

「いいよー」


 グッドマンが手を見るとそこには10の文字。


「これは?」

「しらなーい、マジックでかいちゃったのかな」


 ”祝福者”の自覚がないのか!?

 グッドマンはそう思ったが、ケビンの3歳という年齢からすると当然だとも思った。


「そうか。おじさんはねグッドマンていうんだ。なあ、お願いがあるのだけども、聞いてくれるかな?」

「なーに?」

「これからおじさんの言うことを聞いてくれ。『死んだ人間は生き返らないというルールを撤廃してくれ』と願うんだ」

「ながくてよくわかんない」

「いいからおじさんの後に続けて言うんだ。言ってくれ。お菓子でもおもちゃでもなんでも買ってあげるから」

「そんなものいらない。けど、ボクもしてほしいのがある」

「なんだい?」


 たとえどんなことでもやってみせる。

 グッドマンは決意と覚悟を胸に少年に耳を傾ける。


「あのね、グッドマンのおじさん、ママをさがしてほしいの。ママまいごなんだって。きのうから」

「……そうなのか」


 嫌な予感がする。

 それもとても嫌な。

 その予感が合っていないことを祈りながら、グッドマンは次の言葉を待った。


「パパがね、いってたんだ。ママはとおくにいっちゃって、まいごになっちゃってるからしばらくかえってこないって。ボク、あさからずっとさがしているけど、みつかんないの」


 最悪だ。

 考えうる限りの最悪だ。

  

「そうか、でも今日は暗くなってきたからお家に帰ろう。パパが心配しているよ」

「そーだね」


 グッドマンが差し出した手をケビンはギュっとにぎる。

 その目に泣いた跡があるのをグッドマンは気付いた。

 母親を探していたのだろう、時に泣きながら。


「ねえ、あしたいっしょにさがしてくれる?」

「いいとも。いっぱいおはなししながら、いっしょにさがそう」


 ふたりは手をつなぎ、階段を上がる。

 さっき訪れた部屋の前でグッドマンは再びベルを鳴らす。

 だが、反応はない。


「あれ? パパどうしたのかな? あ、かぎあいてる」


 うーんと背伸びをしてケビンがドアを開けようとした時、グッドマンは中から異臭を感じた。

 平和なこの国ではまず()ぐことのない血の臭いを。


「あ、パパ。ねてるのかな」


 ピチャ

 

 少年が玄関に入った時、足下から水のようなものを踏んだ音が響いた。


「見るな! こっちだ!」

「え、えっ」


 ケビンの目をふさぎ、その身体を抱え込むようにグッドマンは持ち上げる。

 そしてそのまま走り出した。


「ねぇ! おじさん! あれパパだよね! ちーでてたよ! しょうどくしなくちゃ!」


 叫ぶケビンを肩にかつぎあげ、グッドマンはカンカンカンと階段を速足で降りる。


「きいてるの! きいてよ!」

「聞いてる。でも今は君の安全の方が優先だ。おまわりさんの所へ行って救急車を呼ぼう」

「おまわりさんならうしろにいるよ。ほら」


 グッドマンが振り向くと、今しがたふたりが降りた階段から制服を着たふたりの男が姿を見せた。

 なにが警官だ、サイレンサー付きの銃を持った警官なんているもんか。

 その姿を一瞥(いちべつ)しただけで、グッドマンはそれが偽物だと見抜く。

 

「あれは偽物の悪いポリスだ。大通りの交番(NPC)まで行こう」

「そー、そーなの」


 ケビンを抱きかかえたままグッドマンは大通りに足を向けるが、その先にもうひとりの警官を見て足を止めた。

 

「あ、おまわりさんーだー」

「あっちもダメだ、裏からいこう」

「どーして?」

「どうしてもだ」


 グッドマンが大通りに向かわなかった理由は明白。

 大通りがわの男が不自然にも厚めのジャケットを羽織っていたから。

 特別警護隊ならともかく、常夏のこの国であんな厚手をジャケットを羽織るなんて不自然。

 ジャケットの下にはまともな警官なら携帯していないサイレンサー付きの銃か、命中精度を高めるライフリングの付きのハンドガンがあるに違いないとグッドマンは判断した。

 そしてその判断は正しかった。


 ピシュ


 低く響かない音と空気を裂く音がふたりの鼓膜を揺らす。


「頭を下げてろ。絶対に上げるな」


 ギュっと抱きしめるようにケビンを胸に抱え込むとグッドマンは今まで以上の速さで揺れながら走り出す。

 だが、弾はそれよりも速く、そして刺客の腕は一流だった。

 

 パキュッ


 2発目の弾がグッドマンの肩を貫き、その鮮血がケビンの顔にポツポツと流れ落ちる。


「おじさん、ちだよ、おいしゃさんいかないと」

「平気だ。それよりもいたいとこないか?」

「ボクいたくないよ。でもおじさんいたいよ」

「いたくないさ。これくらいへっちゃらだ」


 嘘だが嘘ではない。

 痛みはあるが、娘を生き返らせるため、少年を守るためであればグッドマンにとってこの程度は耐えられる。

 だが、このままでは刺客に追いつかれるのも時間の問題だった。

 一縷(いちる)の望みをかけてグッドマンはコンドミニアムの並ぶ高級住宅エリアに逃げ込む。

 ここなら各戸に監視カメラが付いている、あからさまな発砲は嫌がるはず。

 不利な状況で怪我を負っていてもグッドマンの頭は冴えていた。

 そしてその読み通り、このエリアに入ってから刺客の足は鈍り、銃声はパタリと止んだ。

 その隙にグッドマンは住宅街の茂みに逃げ込む。


「ねぇ、おじさん、大丈夫」

「ハァ、ハァ、へっちゃらだって言ったろ。それよりも、この状況をなんとかする方法はひとつしかない。さっきのおじさんのお願い聞いてくれるかい?」


 おそらく、いや確実にあれはエゴルトの刺客。

 ”祝福者”であるケビンを殺して、その”祝福”を奪うのが目的で間違いない。

 なら、願いを叶えてしまえば用は無くなるはずだ。


「おねがいだ。これしかない。君のためにもおじさんのためにも」

「わかった。ボクやってみる」

「ありがとう。ではこう言ってくれ『死んだ人間は生き返らないというルールの撤廃を願う』と」

「うん、しんだにんげんはいきかえらないというるーるのてっぱいをねがう」


 グッドマンの胸に熱いものがこみ上げてくる。

 やった、やった、これであとは凛悟たちにこれが伝われば、娘が、キャロルが生き返る。

 それだけでなく、おそらくケビンの父と母も。

 だが、喜びの涙で満ちるはずだったグッドマンの目に映ったのは10の文字。

 未だケビンの左手にある聖痕(スティグマ)


「な!? なぜだ!? ちゃんと願ったはずだ!?」


 ケビンの肩をつかみ、グッドマンは問いただす。

 その剣幕に少し戸惑いながらもケビンは答えた。

 

「うん、ボクいったよ。だけどね、ひかるひとがこういったんだ。えっとね」


 数秒の間をおいてケビンは言葉を続ける。

 光の座で聞いた言葉を。

 

「それはきみのねがいじゃないな。きいたことばをくちからだしただけだね。もういちど、きみのねがいをよくかんがえてごらんって」

 

 それは最悪に最悪を重ねてもまだ足りない。

 グッドマンにとって絶望の言葉だった。

 


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