3-8.自由の終焉 ゴート・A・ワーレ
”祝福者”ゴート・A・ワーレはチンケな詐欺師だった。
いや、彼の300百年にも及ぶ刑期からすれば、チンケではないかもしれない。
彼の販売する情報商材、その偽の情報により財産を失った者は多数。
彼がSNSで流布した偽情報により身売りを余儀なくされた企業もある。
ひとつの詐欺による刑期は短くとも、国によってはそれは累積される。
ひとかどの詐欺師、それが彼の正しい評価であろう。
”祝福”に選ばれたとはいえ、彼はそれだけで幸運とは言えなかった。
彼が幸せになるには、この刑務所からの解放と彼自身の望みを叶える必要がある。
彼の幸せとは単純にして明快。
自由と安全、富と金、美酒と美女、隠し味にスリルをひとつまみ。
ゴートという男は要するに俗物なのである。
アメリカ合衆国ニューメキシコ州の刑務所でゴートはずっと待っていた。
自由になるチャンスを。
そしてそれは1日も経たずに訪れた。
「ナンバー7974、ゴート。出ろ、移送だ」
「こんな夜中にですかい?」
「そうだ、お前に拒否権はない」
そう看守から声をかけられた時、ゴートはすぐに気付いた。
いつもはしかめっ面の看守がやけににやけた顔をしてやがる。
これは相当な鼻薬を嗅がされたなと。
「ヘイヘイ、看守様に従いますよっ」
看守に連れられ、ゴートは移送車に入れられる。
乗員は自分ひとり。
普通なら不安になる所だが、ゴートには確信があった。
金額は大きかろうが所詮はチンケな詐欺罪である。
十分な保釈金があればゴートを自由にすることは可能だ。
だが、彼は自由にされたわけではなく移送されている。
それが意味する所は、この先に待っている相手は彼の自由と引き換えに”祝福”を要求してくるだろうということ。
交渉ならば己の得意分野。
口八丁で自分に有利な条件を引き出せばいい。
「待っているヤツが相当な金持ちであることを祈るぜ。な、神様」
左手の聖痕に口づけしながらそう呟くと、ゴートはしばらく車に揺られた。
「着いたぞ、出ろ」
刑務官に促されるまま外に出るとそこは星の輝く砂漠。
人の気配は全くしない、後ろの刑務官と前の男以外には。
待っていたのは上等な服を着た男性と重厚なリムジン。
金の、それもビッグな金の匂いにゴートは思わずヒューと口笛を吹く。
「余計なことはするな、あとはあの方に従え」
刑務官はゴートの背中をポンと押すと、乗ってきた移送車でさっさと去っていった。
「やあ、いい夜だな」
「はい、その通りです。お待ちしておりましたゴート様」
「あんたが俺を自由にしてくれるのか?」
「いえ、わたくしめはただの使用人でございます。あなたをとある方の所までお届けするのが仕事でございます」
男性は恭しく礼をするとリムジンのドアを開けゴートを促す。
中には高級そうなソファとこれまた高級そうな酒が用意されていた。
「いいねぇ、いい感じだ。ところでこれを取ってはくれないのかい?」
両手に着けられたままの手錠を鳴らし、ゴートは男性を見る。
「申し訳ございません。到着するまではそのままと命じられておりますので。到着次第、外させて頂きます。なにせ、ゴート様は今は服役中ですので」
「ああ、そうかい。そういうことね」
自由になるかはとある方への態度次第ってことか。
いいぜ、交渉なら俺のフィールドだ。
嘘と真実を入り交えて、有利な条件を引き出してやる。
いや、いっそ”祝福”で俺の嘘を全人類が信じるようにしてもいいな。
こいつは良いアイディアかもしれないぜ。
そんなことを考えながらゴートはリムジンに乗り込む。
ドアが閉められ、窓の外で男性が一礼をした後。
ボンッと音がして、ゴートの意識は命と共に消えた。
砂漠の真ん中でひとり、男が火柱を見ていた。




