３－５．虚像の偶像 逸果 実（いつか みのり）
偶像とは何かと問われれば、彼女は表向きは『みんなに夢を与える職業』と答えるだろう。
そして心の中で『それ以外を奪う職業』と舌を出すだろう。
ＫＯＮＫ－Ｃｈｕ！のセンター、逸果実の生い立ちはそこまで不幸ではない。
両親が離婚していたり、養成所でイジメにあったり、センターになるために権力者と一夜を共にしたり、個々のエピソードを抜き出せば不幸にも見えなくはない。
だが、彼女には少なくともこの程度の集団の中では目立つ美貌と、人の心の機微を察せる感性と、自分に何が必要で何が足りないかを理解出来る知性を持ち合わせていた。
何よりも肉体的に頑健でスポティッシュなプロポーションとアクションは供物を惹き付ける魅力があった。
そして、その掌に”祝福”が宿った時、彼女は思った。
これであたしは１番になれると。
「みんなー！ 今日はあたしの握手会に来てくれてありがとー！ 愛してるー！ 結婚してー！」
「「「「いーよー！！」」」」
イベント会場にいつもの軽いソプラノボイスと低いバリトンボイスが響き渡る。
もちろん、このイベントは彼女単独のものではない、ＫＯＮＫ－Ｃｈｕ！のメンバー全員のイベントだ。
このパフォーマンスを始めたころ、他のメンバーからの忠告という名の嫌味があった。
だが、彼女はそれを黙らせた。
正確には枕元で彼女のお願いを聞いてくれた関係者が黙らせた。
今ではＫＯＮＫ－Ｃｈｕ！のお決まりのパフォーマンスになっている。
彼女には野心があった。
それは世界一の一番星になること。
人気と喝采はもちろんのこと、報道や倫理にも縛られず、あるがままの自分が賞賛される。
そんな存在に。
だから彼女はずっと待っていた。
自分に必要な宝物を持って来る王子様を。
そしてついにそれはやってきた。
ファンクラブＮｏ．１２９、名は湊藤堂。
最近はずっと握手会で実の列の先頭に立つ小太りな男。
１２９との語呂合わせで憶えている。
「また１番で来てくれたのね嬉しいわ」
「ワイの１番はいつでも実ちゃんやで。千野！ 一夜！」
藤堂はそう歓声を上げて左手を差し出し、彼女もそれを握る。
「また後でな。多田野一夜ちゃん」
左手の手袋ごしに軽くキスされ、それでも彼女は愛想よく笑う。
彼の言葉と動作に秘められたメッセージに実は気付いた。
気付かないはずがなかった。
千野一夜は彼女の本名であり、多田野は離婚した父の苗字。
そして聖痕のある左手へのキス。
間違いない”祝福者”だ。
握手した左手の中には折りたたまれた紙が入っていた。
備え付けのアルコールティッシュで手を拭くと、実は紙とまとめてそれをポケットに入れた。
彼女の笑顔はますます深くなった。
ついに彼女が待ち望んだＡＴＭがやってきたことに。
これで勝利が確定したことに。
