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3-3.機上の空論 エゴルト・エボルト

 プライベートジェットには主に3種類ある。

 航空会社所有の飛行機をチャーターするもの。

 企業が飛行機を購入し、社用ジェットとして役員などに利用させるもの。

 そして、完全に個人所有のものである。

 当然ならが個人所有のものが最も利用者にかかる費用が高い。

 しかし、だからこそ個人でプライベートジェットを所有することは一種のステータスであり、また利便性も高い。

 そして秘匿性(ひとくせい)も。

 元”祝福者”エゴルト・エボルトがグッドマンからの着信を受けたのは、エボルトテック社の社有プライベートジェットではなく、エゴルト個人のジェットに乗り込もうとする時だった。


「なにかね」

『エゴルト様、グッドニュースあります。ホントです。みんなハッピーになります。話を聞いてプリーズ』


 日本語と英語が珍妙に入り混じったグッドマンの声に対するエゴルトの反応は辛辣だった。

 聞く価値はない。

 それが40年に渡りビジネスの最前線で戦ってきた彼の結論。


「悪いがこれから飛行機に乗って日本へ行く所だ。話は日本に到着してから聞く」


 エゴルトはそう言って通話を切り、飛行機へのタラップを昇っていく。

 機内は民間機のようなシートで鮨詰(すしづ)め状態ではない。

 機能的なオフィスと高級家具で満たされたくつろぎのスペースで構成されている。

 離陸の時だけベルトに拘束されれば、あとは自由な空間だ。


「さて、先行して日本に入っているレイニィへ指示を出すか」


 離陸を終え、誰に聞かれることもなくエゴルトは高級チェアに腰を下ろして呟く。

 ここは完全なプライベート空間。

 許可なく立ち入って彼の邪魔をすることは、たとえ部下でも許されない。

 エゴルトは社有のスマホを機内モードに切り替えると、完全個人用のスマホを取り出す。

 この番号を知る者は片手で数えるほどしかいない。

 だが、そのスマホに知らない番号から着信があった。

 いや、彼はその番号を知っている。

 グッドマンに渡した連絡用のスマホの番号だ。

 もちろん彼はグッドマンにこのプライベート番号を教えてなどいない。

 

 レイニィがグッドマンにこの番号を教えるほどの緊急事態なのか?


 エゴルトは警戒しながら通話ボタンを押す。


『つながりました! リンゴさん、スゴイです!』

『エッヘン! センパイはいつでもスゴイんだから!』

 

 スマホの先から聞こえてきたのはグッドマンと女の声。

 しかも日本語でだ。


「グッドマン。その女性は誰かね?」

『あたし? あたしミッコ。センパイの彼女! これから幸せになる予定!』

『話をややこしくしないでくれ。ナイスチューミーチュー、ミスター・エゴルト。アイム リンゴ・スズナリ』


 鈴成凛悟!?

 とすると、ミッコとは花畑蜜子のことか。

 3人目の声の主にエゴルトは少し驚く。

 確かにエゴルトはグッドマンに凛悟と蜜子を金で懐柔するように指示を出した。

 だが、なぜこのプライベートの番号が流出したのかはわからない。


「日本語でオーケーだ。そこにレイニィはいるかね?」

『レイニィさん?』

『エゴルト様の秘書(アシスタント)のかたです。少し前に日本についていマス』

『レイニィさんはここには居ません。ここには俺と蜜子とグッドマンさんの3人です』


 レイニィを介さずにこの番号にたどり着く。

 そんなことは不可能だとエゴルトは思った。

 いや、不可能ではない。

 それを可能とする方法を彼は知っていた。


「”祝福”を使ったのか?」

『うわっ、すっごい! センパイ、この人、すっごく頭いいよ!』

『当たり前だろ、エゴルトテックのCEOなんだから。失礼しました。その通りです。俺の願いは”本”。元を含め”祝福者”の叶えた願いやプロフィールが載っている”本”です。もちろん、貴方の連絡先も』


 ”叶えた願い”

 エゴルトの眉がピクリと動く。


「すると僕の願いも知っているということかね?」

『ええ、もちろん。だから連絡しました。今なら間に合いますから(・・・・・・・・)

『エゴルト様、誰かをコロすなんて止めて下さい。そんなことをしなくてもシアワセになれますから』

「どういうことかな?」

『これは交渉です。俺達は”祝福”をふたつ確保しています。そして貴方が他の”祝福”を金で買おうとしていることは知っています。そのうちのひとつを使わせて欲しい』

「対価は?」

『貴方の幸せ』


 凛悟の言葉を鼻で笑いたくなるのをエゴルトはグッと堪えた。


「話を聞こうじゃないか」

『今、世界は夢の中で起きた死が現実となり大混乱となっています。だから”祝福”を2つ使ってこの騒動を終わらせます』

「死んだ人間は生き返らないというルールの撤廃と、死んだ人間を健康な状態で生き返らせると願うつもりかな」

『その通りです』


 なるほど、少なくともグッドマンより頭が回るようだ。

 自分と同じくルールの変更という”祝福ゲーム”の穴を突くという考えに到ったのだから。

 エゴルトは凛悟という男に興味を憶えた。


『そして3つ目。これで”この祝福ゲームに参加した全ての祝福者がどんな運命改編や時空改編などがあっても幸せな人生を送れるように”と願います。これで俺たちはリタイアします。残りの祝福は残った”祝福者”でご自由に。もちろん、貴方が総取りしてもかまいません』


 話だけ聞けば悪くない。

 だが、ひっかかる部分がある。

 エゴルトはそれを確かめるべく、凛悟に質問する。


「今、運命改編や時空改編などという単語が出たな。ということは、既にそういうこと(・・・・・・)が出来る者がいるということだな」

『ヤッバ! センパイ、ヤッバ! この人、ちょー頭いいよ』


 頭の悪そうな女の声がエゴルトの耳に入る。

 エゴルトは頭がいいと言われて悪い気はしなかったが、今はただの雑音でしかなかった。


『その通りです。今は活動を休止していますが、タイムリープの能力を手に入れた”祝福者”がいます』

「なるほど、それが再び動き出す前に幸せな運命を確定させる必要があるということだな」

『はい』

『お願いしますエゴルト様。リンゴさんの案を受け入れて下さい』


 グッドマンの哀願するような声に、ああこいつはもう使えないなとエゴルトは見限る。

 だが、ここで話を決裂させるのも得策とは思えなかった。


「わかった。前向きに検討しよう。今、僕は”祝福”を持ち合わせていないからね」

『ありがとうございます。いい返事を期待しています』

「ああ、日本に着いたらまた連絡する」


 勝負するにはカードが必要だ。

 エゴルトは自身が持つ金や権力は強力なカードだと思っているが、それでも”祝福”には及ばない。

 カードを手に入れるまで、エゴルトは保留することにした。

 通話を終え、エゴルトは一杯の水を飲み干すと、再びスマホを手にする。

 通話先は優秀で信頼のおける秘書兼掃除婦のレイニィ。


『はいCEO、配置と準備は指示通り完了しています』


 レイニィはエゴルトの期待通りの返事をした。


「いつも君は完璧だね。ところで、先ほどターゲットの凛悟から電話があったよ。このスマホにだ」

『了解しました。替えのスマホを用意します。到着までは非常用Eの1番をお使い下さい』

「いや、それには及ばない。それよりもだ、彼は興味深い提案をしてきたよ」


 そう言ってエゴルトは凛悟からの案を、みんなが幸せになれる案をレイニィに語る。

 そして最後に問いかけた。


「君はどう思う? みんながみんな幸せになれるような彼の”祝福”の使い方について」

『ふざけてますね』


 レイニィの返事は変わらずエゴルトの期待通りだった。

 

「同感だ。対価も代償も払わず、努力も時間も費やさず、悲嘆も挫折も経験しないヤツが幸せになるなんて……」


 少し、ほんの少し、いつもより低い声でエゴルトは言葉を続ける。

 

虫酸(むしず)がはしる」



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