2-19.幾百の挑戦 ダイダロス・タイター
この入国ゲートをくぐるのは何回目だろう。
百はくだらないはずだ。
タイムリープの能力者、ダイダロス・タイターはそう思いながらゲートをくぐる。
「でも知らなかったわ、兄さんがこんなに日本語が上手だったなんて。いつ覚えたの」
「飛行機の中でだ」
「んもう、また冗談ばっかり言って」
その言葉は冗談ではない。
ダイダロスは飛行機の中で幾度となくタイムリープを繰り返し、その都度語学を学習していた。
日本語、中国語、英語にスペイン語。
今や彼の日本語能力はネイティブとまではいかないまでも、日常会話なら問題ないレベルに達している。
「で、これからどこに行くつもり? あたしアサクサに行ってみたいな。”祝福者”探しもいいけど、ちょっとくらい観光してみたいの」
ティターニアにとって日本は近くて遠い国。
イタリアで日本の観光客を相手にしている彼女は知っている。
この国の住人が平和ボケしていることを。
逆を言えば、この国は平和だということを。
「ダメだ。お前は俺の手配したホテルにずっといるんだ。いいな、何があっても外に出るな」
強い口調でダイダロスは言う。
いつもとは違う兄の態度をティターニアは妙だと思う。
いつも余裕とユーモアを忘れない、そんな兄だったはずなのに。
「どうしたの兄さん。飛行機酔い? それとも時差ボケで体調でも悪いの?」
「なんでもない。いいか、このホテルにチェックインしたら絶対に外に出るなよ」
ホテルのメモを渡し、指をさすジェスチャーで念を押すと、ダイダロスは足早に去っていく。
ひとり残されたティターニアは少し寂しそうな表情でホテル行きのバスを探し始めた。
◇◇◇◇
妹と別れた後、ダイダロスはレンタカーに乗って長野方面へと進む。
幾百におけるリープの中で、彼がこの道を車で進むのは2度目。
この行動による試行はまだ始まったばかり。
タイムリープの能力を手に入れたダイダロスの目的は他の”祝福者”と接触し、”祝福”を使わせること。
使わせる方法は何でもいい。
ローマのラーヴァにしたように脅して使わせれば簡単に済む話だ。
当初ダイダロスはそう思っていたが、物事はそう上手く進まなかった。
まず、最初は”祝福者”の居場所を調べようとした。
エボルトテック社のCEOから発信されたメールから氏名はわかっている。
日本在住の”祝福者”は4名。
逸果 実、湊 藤堂、鈴成 凛悟、花畑 蜜子。
このうち、逸果 実の所在はすぐにわかった。
彼女の職業はアイドル。
日本時間の4月3日に福岡で開催されるコンサートに出演することもわかっている。
だが、何もしないと彼女は明日、4月3日の夜、コンサートの後に殺される。
ダイダロスにとって彼女は赤の他人でその生死にこだわることはなかったが、”祝福”が別の誰かに移動することは避けたかった。
おそらく即死で”祝福”を使う暇もなかったのだろう。
ダイダロスの手に宿った偽聖痕の数字に変化はなかった。
これではタイムリープで”祝福”を無駄撃ちさせる彼の作戦は成立しない。
ではどうするべきか?
タイムリープでもう一度やり直した時、ダイダロスは彼女を救おうとした。
恩を着せて”祝福”を使わせるもよし、ピンチの中で緊急回避のために”祝福”を使わせるもよし。
そんな作戦を立てていたが、それは成功しなかった。
まず、実を救おうとするとダイダロス自身が死ぬ。
命が狙われていることを彼女に忠告し、彼女自身に対処させようとしても彼女は死ぬ。
場合によってはふたりまとめて死ぬ。
最悪の場合だと逆に実殺される
そして何よりもコンサート会場にティターニアを連れてくると、ダイダロスの大切な妹も死ぬのだ。
これが決め手となりダイダロスの方針を変えさせた。
まずは別の”祝福者”から攻略しよう、と。
新たなターゲットは鈴成 凛悟と花畑 蜜子。
彼らの居場所はわかっている。
実名SNS”FactBook”。
そのSNSに彼らはこれから訪れるPAや道の駅の写真を上げる。
これは前のループで彼が知っている決められた未来。
無防備なことだ、そんなことをすれば、居場所なんてすぐにバレちまうだろうに。
ホレ、SNSで少し質問するだけで場所が特定出来ちまうじゃねぇか。
本当に平和ボケの国だな。
そう思いながらダイダロスはふたりの進むルートを記憶し、再度ループを重ねる。
前のループではふたりの行先を調べながら進んだため追いつけなかったが、今回のループは違う。
土地勘も付いてきたし、何よりも行き先がわかっているのだから。
ティターニアのことも問題ない。
何度か前のループではセキュリティの高いと評判のホテル”シャラン・ラ東京”に泊めた。
そのループでは妹の身に危険は何も起きなかった。
だからダイダロスは今回もそのホテルに泊まるよう妹に言い聞かせたのだった。
「さて、追いついたらどうやって”祝福”を使わせようか」
ダイダロスの頭の中をいくつもの策が巡る。
一度で成功する必要はない、作戦のどれかが当たればいい。
自分は何度でもやり直せるのだから。
そう思いながらダイダロスは進む。
だが、彼は気付いていなかった。
凛悟と蜜子、ふたりの行軍が前のループよりわずかに遅れていることに。
まるで、ダイダロスに追いつかれるような動きをしていることに。




