2-12.第12の願い ダイダロス・タイター
明るい闇の中、ダイダロスと神は対峙する。
「まず確認したい。こうやって会話している間、現実の俺はどうなっている?」
服はそのまま、手元のスマホには電波は入らないが、情報屋から入手したメールリストは見える。
心臓の鼓動からダイダロスは自分が意識だけの存在とは思えなかった。
「その問いに答えよう。君の肉体は現実の世界を離れ、ここに存在している。ここでの対話が終われば元の位置、元の時間に戻る。現実世界から見れば、君は刹那の間、消えていることになる。誰も感知出来ないほどの刹那だがね」
「なるほど。もし、現実世界の俺が瀕死だったらどうなる? ここに来て数秒で死ぬような状態だったらどうなる?」
「その場合は現実世界の時間は止まり君の意識だけがここに来る。我は君たち”祝福者”が願いを言うために最善となるサポートをするつもりだ」
気前のいいことだ。
だが、これなら俺の願いを、俺に都合の良い願いを叶えてくれるかもしれない。
ダイダロスの中で、勝利への確信が高まっていく。
「そいつはありがたいね。俺の願いは『タイムリープ』の能力を授けて欲しいというものだ。その詳細を決めるために対話したい」
「それはよいことだ。君の気が済むまで付き合おう」
神が手を上げると、どこからともなく椅子がダイダロスの隣に出現する。
「ありがたく使わせてもらうぜ。まずは定義だが、俺は『タイムリープ』は過去のある時点の俺に、今の俺の意識や記憶、経験を移すことだと考えている」
「それが君の定義なら、そうなるようにしよう。肉体の状態は過去のある時点のもので、意識や記憶、経験は今のものになるということに」
「『タイムリープ』が起こる条件はふたつ、ひとつは俺が戻りたいと願った時、もうひとつは俺が死んだ時だ。いわゆる『死に戻り』ってやつだな」
ダイダロスが観た”ループもの”の作品に共通しているのが『タイムリープ』は主人公の意志で発動出来ないという点。
発動するのは死んだ時だけ、そんなのは御免だ。
死んだ時に発動するのは保険のようなもの、普段は自由に使えた方がいい。
ダイダロスはあくまでも自分に都合がいいような能力を求めていた。
「うむ、よいぞ。その条件で『タイムリープ』の能力を授けよう」
「いや、まだだ。まだ条件は詰め切れてない。次の質問だ。『タイムリープ』が発動した時、死んでいる人間はどうなる?」
”祝福ゲーム”のルールその2『死んだ人間を生き返らせることはできない』。
だとしたら、祝福で得た能力にもその制限があるのではないか?
ダイダロスの懸念はそこにあった。
「『タイムリープ』とは、時間軸のある時点に戻るということ。その時点で死んでない人間は生きている。君の視点からすると生き返ったように見えるかもしれないが、正しくは死んでいない時に君が戻るのだ」
「そいつを聞いて安心したぜ。さらに確認だ。タイムリープが起きた時、他のヤツの”祝福”はどうなる? これも使われなかった時に戻って復活するのか?」
「そうなるなぁ。我の本意ではないが」
わざとらしい。
ダイダロスはそう思ったが、それならそれに乗ってやろうとも思った。
「そうならないような能力に出来ないか? 出来るよなぁ、何でも叶うんだろ?」
ダイダロスの意図はこうだ。
こうしておけば”祝福”が使われた後で『タイムリープ』を起こせば、その効果を無効化出来る。
たとえ、キングが起こしたような世界人類の意識を操る効果も消せる。
そして、それは二度と起こることはない。
ひとつずつ潰していけばいい、ティア以外の願いなど。
「その問いに応えよう! もちろん出来るとも! タイムリープが起きた時、減った”祝福”の数は回復しないようにしよう!」
喜びを含んだ神の声を聞いて、ダイダロスは、なんだ神と名乗っているが人間らしいとこもあるじゃねぇかと思った。
「よし。さらに詰めさせてくれ。タイムリープで戻れる時間は俺が自由に決めれるということでいいよな?」
「その通りだ。1秒前でも10年前でも君が戻りたいと願った時間に戻れる。ああ、しかし、君が生まれる前に戻りたいと願った時はどうしようか。 君の今の肉体にタイムリープ直前の記憶と経験を宿してタイムスリップさせようか。この場合、君たちの創作物などでの呼び方は『タイムトラベル』ということになるな」
古代ローマやルネサンス期に現代人がタイムトラベルして大活躍する歴史SF。
自分が生まれるために両親の恋愛成就に奔走する、パラドックス回避SF。
そんなSF映画を妹が観ていたことをダイダロスは思い出した。
「ひょっとして、ティアが生まれる前、俺が3歳の時に戻りたいと思っちまったら『タイムリープ』は発動しちまうのか?」
「その通りだ。むしろ戻りたいと思っても発動しないと困るだろう?」
「そりゃそうだが……」
ダイダロスは考える。
あくまでも自分の願いはティアの幸せ。
ティアを”祝福者”の最後のひとりにするために『タイムリープ』の能力を望むのだ。
ティアが生まれる前に戻ったり、ましてや過去の時代で現代知識無双をしたいわけではない。
「念のため確認させてくれ。この”祝福ゲーム”が始まる前にタイムリープした場合、あの時が来たらティアは祝福者に選ばれるのか?」
「それは運命次第だ。例えば、今、君がタイムリープの能力を発動させて”祝福ゲーム”以前に戻ったとしよう。残り12の祝福は人類の中から選ばれた12人に与えられる。君の妹、ティターニアが選ばれる可能性はゼロではないが100でもない。無論、君も再び選ばれる可能性はある。80億分の12だが」
「それでもティアだけは選ばれるようには出来ねぇか?」
「その希望には応えられない。タイムリープは運命を変えることが出来る。それゆえに運命を固定することは出来ない。だが、やりようがないわけではない。あの時までに人類を12名まで減らせば確実に君の妹は選ばれるであろう」
運命を変えられる。
ゆえに運命を固定することは出来ない。
神の説明は論理的で至極まっとうであった。
「そこまで美味い話はねぇってことか。よし、なら『タイムリープ』の能力に制限を入れさせてくれ。戻れる時間には限界があるように」
「そのようにしよう。いつに設定するかね?」
「あの時の少し後だ。ティアが既に”祝福者”となった時……」
そこでダイダロスの口が止まる。
ダイダロスはあの時の状況を思い出していた。
あの時、ダイダロスは留置所の中に拘留されていた。
自由となってティアに再会するまでは10時間程度の間がある。
「どうしたかね?」
「なあ、運命について訊いてもいいか?」
「もちろんだとも」
「タイムリープが発動して、俺が何もしなければ運命は変わらないと思っていいか?」
「全く変化がないのなら、その通りだ」
その台詞の含みをダイダロスは見逃さなかった。
変化は確実にある。
なぜなら、消費された”祝福”は復活しないように設定したのだから。
残数13と残数2の時の”祝福者”の行動は確実に変わる。
自分が留置所で動けない間にティアに何かあったら。
いや、そこだけではない、ティアの死に俺が気付かないまま行動していたら……。
「待ってくれ、条件をふたつ追加させてくれ」
「いいとも、どんな条件かな?」
「タイムリープ発動条件にふたつ追加だ。ひとつは俺が”祝福”含む超常の力によって精神や記憶操作を受けた時だ。もちろん俺は精神や記憶の影響を受けることにはならないぜ」
ダイダロスは忘れてなかった。
キングの願いで自分の精神が操られていたことを。
そして、自分のように”祝福”で超常の能力を手に入れる者が出る可能性を。
「承ろう。ふたつめは何かな?」
「俺の妹、ティターニア・タイターが死んだ時も追加だ。これだとティアが死んだ時、俺はティアが死んでいない時に戻るってことでいいよな? そしてティアの祝福はそのままということになるよな?」
「ああ、君の意図は理解した。その通りにしよう」
「よし、そして戻る時間だが、今日の朝、俺が留置所から解放されてティアと再会した時刻にしてくれ。これ以前には戻れないように」
自分が動けない間にティアが死んでしまうのは絶対に避けなければならない。
なぜなら、もしティアが願いを叶えないまま死んだ場合、その”祝福”は赤の他人に移る。
そして、赤の他人が”祝福”を使ってしまったなら、それは失われる。
そうなったら後の祭りだ。
”祝福”が使われた後では、ダイダロスがタイムリープをしてもティアの命は戻っても祝福は戻らない。
ダイダロスの願い、その根幹は妹の幸せ。
だが、妹にとって何が本当の幸せか、それを彼は知らない。
だからこそ、彼は叶えたいのだ。
妹が”祝福”で本当に彼女が望む願いを叶えることを。
だからダイダロスは自分が自由に動け、ティアが”祝福”を確実に持っている時刻を設定した。
夢から醒めた時の”祝福”の数は15,設定した時刻の時は13。
2つの”祝福”が使われているというリスクはあるが、ティアの安全と”祝福”が確実に担保されていることの方が重要だと判断した。
「さて、あと設定する必要があるのは君が死んだ時にどの時間に戻るかだな。死の淵にあっても君の意志で選べるのならその時間に、そんなことも考えられないような刹那であったなら、君が指定する時間に戻そうと思うがどうかね」
「俺もそう思っていたとこだ。そうだな、それもティアが死んだ時と同じ時、俺とティアが会った今朝にしてくれ」
「承った。では軽くまとめよう」
神が指を振ると、空中に文字が浮かび上がる。
1.我は祝福で君に『タイムリープ』の能力を授ける。(以下詳細)
2.『タイムリープ』の発動条件は次の4つ
2-1.君自身が時を戻りたいと思った時
2-2.君自身が死亡した時
2-3.君が超常による精神や記憶操作を受けた時
この時、君は精神や記憶に影響を受けない
2-4.君の妹、ティターニアが死亡した時
3.『タイムリープ』で戻れる時間は以下の通り
3-1.君自身の意志で戻りたいと思った時は、後述の限界時間までの間で君が任意に指定できる。
3-2.ティターニアが死亡した時はイタリア時間4月1日の午前8時2分
これは君が留置所を出てティターニアと会った時刻である。
3-3.君自身が死亡した時、君の意識があるならば任意。そうでないならば3-2に同じ。
4.『タイムリープ』が発動した時、戻った時刻で生きている人間は生きている。
5.『タイムリープ』が発動した時、消費された”祝福”は復活しない。
6.『タイムリープ』で戻れる限界はイタリア時間4月1日の午前8時2分。それより前には戻れない。
注)ティターニアが死亡し『タイムリープ』が発動した場合、彼女の”祝福”はそのままの状態にある。
「君の望みに応えた結果、我が君に与える能力はこうなるが。これでいいかね?」
「待ってくれ。よく考える」
何度が文字列を眺めた後、タイタニアは見つけた。
この能力の穴を。
「能力に追加だ。あんたが俺に与えるのは『タイムリープが出来て、残りの”祝福”の数がわかる能力』にしてくれ。そして、この能力は他の”祝福”で無効に出来ないと」
追加の要望はあまりにも欲張り過ぎている。
少し強めにダイダロスは言ったのは、”祝福”がひとつでは足りないと返されてしまうことを恐れてのことだった。
「よいぞ。君には残りの”祝福”の数がわかるようにし、与える能力は他の”祝福”で無効に出来ないようにしよう。今と同じく聖痕を左手に刻む形でよいかな?」
「あ、ああ」
要求があっさり受け入れられたことに拍子抜けし、ダイダロスは気の抜けた返事を返す。
「それでは最終確認だ」
神の指が動き、文字列が形を変える。
1.我は祝福で君に『タイムリープ』の能力を授ける。(以下詳細)
2.『タイムリープ』の発動条件は次の4つ
2-1.君自身が時を戻りたいと思った時
2-2.君自身が死亡した時
2-3.君が超常による精神や記憶操作を受けた時
この時、君は精神や記憶に影響を受けない
2-4.君の妹、ティターニアが死亡した時
3.『タイムリープ』で戻れる時間は以下の通り
3-1.君自身の意志で戻りたいと思った時は、後述の限界時間までの間で君が任意に指定できる。
3-2.ティターニアが死亡した時はイタリア時間4月1日の午前8時2分
これは君が留置所を出てティターニアと会った時刻である。
3-3.君自身が死亡した時、君の意識があるならば任意。そうでないならば3-2に同じ。
4.『タイムリープ』が発動した時、戻った時刻で生きている人間は生きている。
5.『タイムリープ』が発動した時、消費された”祝福”は復活しない。
6.『タイムリープ』で戻れる限界はイタリア時間4月1日の午前8時2分。それより前には戻れない。
注)ティターニアが死亡し『タイムリープ』が発動した場合、彼女の”祝福”はそのままの状態にある。
7.祝福の残数は君の左手の甲の聖痕に自動で記される。
8.この能力は他の”祝福”で無効化されない。
「さて、本当にこれでよいかな?」
「ああ、あんた見た目より太っ腹だな」
「そうとも、我はこう見えても気前もきっぷもいいのだ」
神の最後の言葉に、ダイダロスは満足したように神の座を後にした。




