2-10.自由の扉 ダイダロス・タイター
”祝福者”ダイダロス・タイターには”祝福ゲーム”の中で大きなアドバンテージを持っていた。
それは彼の妹のティターニア・タイターも同じく”祝福者”であること。
しかも、ウタ・カーターの願いで夢となった世界から目覚めた時、彼は安全な場所にいた。
警察の留置所に。
あれは……夢だったのか?
いや、この聖痕が何よりの証拠。
あれは夢ではなく、夢にされたということを前提に行動すべきだ。
目覚めてから数分でこの結論に到れるほどダイダロスは高い知性を兼ね備えていた。
あえて彼がディスアドバンテージを持っていたとするなら、安全であるが自由ではなかったということだ。
ちっ、たかが観光客相手にちょっとぼったくったくらいでよ。
ダイダロスは留置所のベッドの上で軽く愚痴る。
だが、左手の聖痕を見て顔をにやけさせた。
朝になれば釈放されるはず。
ダイダロスの予想の通り、夢の中と同じように彼の釈放は行われた。
コーン、コーンと響く鐘の音が今は8時を回ったころだとダイダロスに告げていた。
「兄さん!」
留置所を出た瞬間、妹のティターニアが出迎える。
「やあティア。奇遇だな。朝の散歩かい」
「ちゃかさないで、とっても心配したのよ」
「心配してたのはこっちのことだろ」
ダイダロスが左手を振ると、ティターニアは「そうよ」と自らの左手に触れる。
「そっちもまだ使ってないようだな」
「ええ、残り13。つまりあたしたちの他に11人、それを凌げばあたしたちの勝ちよ。兄さん、夢の中でのこと本当よね」
「ん? 帰りにカリフォルニアのディズニーに寄るって話か?」
「ちゃかさないで、最後に残るのはあたしの方だってことよ」
夢となってしまった中で、ふたりはキングのパレードを見にアメリカへと渡った。
そこでダイダロスはティターニアに約束したのだ。
俺達の目的は最後の”祝福者”になること。
ふたりで最後の”祝福者”になれば良し。
そうならないなら、ティアを勝者にするために自分の”祝福”は使うと。
「ああ、おぼえてるさ。俺の”祝福”はお前が最後のひとりになるために使う。お前の『キング様とラブラブアバンチュール』のためにな」
「んもう、嫌なこと思い出させないで。あれは夢。あたしは自分のためにこれを使うの」
「どんな願いだ?」
「ヒミツ。叶ったら教えてあげるわ」
指を一本立て、小悪魔的に笑う妹を見て、兄は心から彼女を愛おしく思う。
ダイダロスはいわゆる社会の底辺に属する。
両親はふたりが子供の時に蒸発し、福祉を頼る知識も持ち合わせなかった兄は、スリに窃盗、違法な金貸しの取り立てなどでふたりが生きる金を稼いだ。
殴られるなんてのは日常茶飯事で、薬で身を崩した男、身体でしか金を稼げない女、そんな相手から金を奪う、取り立てる。
当然、警察の厄介になることになるのだが、それが幸いだったのか、妹は途中から福祉の保護を受けることが出来た。
兄は、年齢のせいで半年ほどしか学校に行けなかったが、妹は3年間学校に通い、今は観光客向けの土産物店の店員として働いている。
福祉の庇護下で育った妹は、兄の目から見れば世間知らずのようにも思えたが、同時にこうも想う。
このまま世間の闇を知らずに生きて欲しいと。
「はい、兄さんのスマホ。いつもの隠し場所から持ってきたよ。兄さんもそろそろチンピラみたいな仕事は止めて定職についたら」
「ああ、そのうちな」
この”祝福ゲーム”で妹が勝者になったら、もう危険な橋を渡る必要もなくなる。
なんせ神様が妹を幸せにしてくれるのだから。
その時は潔く真面目に働こう。
そう考えながらスマホをチェックするダイダロスの手が止まった。
「ティア、こいつはなんだ?」
ダイダロスの指が示すのはエゴルトからのメール。
彼が夢の記憶から割り出した”祝福者”へと送られたメールだ。
「あー、それスパムよスパム、缶詰じゃないほう。あたしにも来たわ。エボルトテックのCEOが1000万ユーロくれるなんてあるはずないじゃない」
ティアはまともに取り合う気も無い様子だったが、ダイダロスはそのメールがやけに気になった。
ダイダロスは学はないが鼻は利く。
調べてみるか……。
ダイダロスは心でそうつぶやくと、その足を裏路地の情報屋へと向けた。
 




