2-5.第10の願い 鈴成 凛悟
──今考えている願いをすぐに願え──
凛悟はこの”祝福ゲーム”で勝利者となるには情報が必須だと考えていた。
藤堂が行っている株などの金融取引と同じ。
情報を誰よりも早く、金融市場でインサイダーと呼ばれるくらい早く掴むことが、勝利の鍵だと。
無論、情報だけでは勝利出来ない。
他の”祝福者”の願いに対し、カウンターとなる”祝福”を持ち合わせてないと。
だが、凛悟の隣には蜜子がいる。
ここが千載一遇のチャンスだ。
勝利へのターニングポイントだと手紙は告げている。
罠かもしれない。
凛悟は内心、”祝福”はあと数日様子をみてから願おうとしていたのだから。
だが、罠であったとしても、自身の”願い”は武器になると。
”情報”は何よりの武器だと凛悟は確信し、左手の聖痕に意識を込めた。
◇◇◇◇
フッと一瞬意識が軽くなったかと思うと、凛悟は再び明るい闇の中にいた。
少し薄い色の道らしきものを歩くと、やがて光の人影が見えてくる。
「我が家へようこそ。願いは決まったかな?」
「そう言って、本当は知っているんだろ。俺の願いを。この先の展開を」
その言葉に凛悟は光の人影が少し笑ったように感じた。
「いや、我が知っているのはここまでだ。だから、敢えて問おう。君の願いを」
「俺の願いはこれさ。これを頼む」
そう言って凛悟はポケットから取り出した一枚の紙を手渡す。
「なるほど、初志貫徹か」
「紙に書いた長い願いだってたちまち叶うんだろ」
この”祝福ゲーム”の始まり。
みなが一堂に会し、ルールの説明があった時、『紙に書いた長い願いだってたちまち叶うのか?』。
その質問の主は他でもない凛悟自身だった。
「もちろんだ。しかしこれは面白いな。この局面で来たか」
「ああ、俺の予想では少し早いはずだ。そうでなくては困る。ひとつ、確認していいか?」
「いかようにも」
「この願いが叶うタイミングは、次の願いが叶う直前にしてくれというのは可能か?」
「可能だ。そうするかね?」
凛悟は少し悩んだが、謎の人物からのメッセージを優先することにした。
「いや、今にしよう。すぐに叶えてくれ」
「わかった。鈴成 凛悟よ。汝の願いを叶えよう。次も控えているのでな」
神が指をパチンと鳴らすと、そこに一冊の”本”が現れ、凛悟の手に落ちる。
本をパラパラとめくり、凛悟は少し考えて、”本”を閉じた。
「確かに受取った。じゃあ……」
そこで凛悟は言葉を止め、神の隣の虚空に向かって手を振る。
「ミス・ミュラーじっくり見ておいてくれ。俺の活躍をな」
凛悟はそう言い残すと、来た道を戻り、そして消えた。
間をおかずして、そこにひとりの男が現れる。
「待たせてすまなかった。先客がいたものでな」
神は男に声をかける。
そこに現れたのは経済雑誌の表紙やニュースのトップを何度も飾った男。
エボルトテック社のCEO”エゴルト・エボルト”。
エゴルトは先客という言葉に一瞬眉を動かした。
◇◇◇◇
「センパイ!? 大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫だ。俺はどれくらい意識を失ってた?」
「10秒くらいです。ゆすっても反応なくって」
なるほど、願いを叶えた後の間くらいか。
神の『次が控えている』という言葉を思い出し、凛悟は軽く溜息を吐く。
「あれ? センパイ、その本は?」
さっきまで何も持っていなかった手に現れた”本”を見て、蜜子が尋ねる。
「これが俺が”祝福”を使って手に入れた”本”さ。この”祝福ゲーム”に勝つ情報が満載のな」
そう言って凛悟は蜜子に見えるように”本”をパラパラとめくる。
「あっ、あたしが載ってる。センパイも藤堂さんも。これってひょっとして!?」
「そうだ。これは”祝福者”のリストの”本”だ。氏名や住所、連絡先、現在地などの個人情報の他、既に願いを叶えた者はその内容が載っている。あの恐竜の出現も、その後の夢になったこともご覧の通りさ」
”本”のジュラ・デ・ボンのページには『第8の願い:せかいじゅうを生きているキョウリュウでいっぱいにしてください。ボクはキョウリュウとなかよくなりたいです』とあり、ウタ・カーターのページには『全部夢だったことにしてくれ! 俺は目覚めたら! あの日のあの時の、4月1日の人生最良の朝に戻るんだ!』と記されている。
「このウタって人が夢オチにした人ね。それじゃあ、センパイの願いは……」
蜜子がページをめくると、鈴成 凛悟のページがあり、願いの内容があった。
・第10の願い 鈴成 凛悟
俺を持ち主とする”本”が欲しい。既に願い事を叶えた者も含め、全祝福者のプロフィールが載っている”本”が。
プロフィールには顔写真、氏名、国籍、年齢、性別、住所、職業、交友関係、信条や大切なもの、現在位置、各種連絡先が記載され、そして願いを叶えた者は、その願いの内容も記される。これらの情報はリアルタイムで自動更新される。
この”本”は持ち主が死んだ時、灰となって消滅する。
ながーい。
それが蜜子の率直な感想。
だけどわかる、これには工夫が凝らしてあるということが。
願いを叶えたら”聖痕”の数字は消え、残りの願いの数はわからなくなる。
だが、鈴成 凛悟は本の更新でそれを知ることができる。
さらに最後の一行
蜜子の視線はそこで留まった。
「おっ、気づいたか。俺の願いの最大のポイントはそこさ」
彼女の視線の先、自分の願いの最後の行を指でなぞりながら凛悟は言う。
「この”本”は価値がある。”祝福ゲーム”に勝ちたいと思っているやつには特に。そこでこの文だ。こうしておけば俺の命の安全は保障されるし、それに俺を敵に回すより味方にしたいと思うだろう」
「思います! ほら、あのエゴルトって社長もやっぱり”祝福者”! きっとこの社長も協力的な”祝福者”を集めようとしているに違いありません。それで世界を救おうとか考えているのかも。あたし知っています。エボルトテック社は寄付とかボランティア活動とかいっぱいしてるって! きっと彼は良い人よかもしれません」
「そうだといいのだが……、それよりもだな……」
凛悟がページをめくろうとした時、本に文字が浮かび始めた。
 




