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1-15.謀略のオフィス エゴルト・エボルト

 キングのパレードの準備に沸き立つ街を”祝福者”エゴルト・エボルトは窓から横目で眺める。


「CEOはパレードに参加されないのですか?」

「悲しいが参加したい気持ちはある。だがね、僕にはやるべきことが多いのだよ」

 

 ここは世界有数のIT企業”エボルトテック”の本社の最上階。

 声をかけてきたのは彼の秘書兼掃除婦のレイニィ。

 その鍛えられた肉体と眼光が、彼女が言葉通りの掃除婦(・・・)ではありえないことを示していた。

 彼女の掃除(スイープ)は完璧であり、彼女はエゴルトの情婦でもあった。

 

「やるべきこととは入国管理の仕事ですか。そんなのはAIか時給20ドルで別の者にやらせるべきだと思いますが。貴方は時給100万ドルの御方なのですから」

「これは僕にしか出来ないことだ。それに別の者にやらせる気もない」


 エゴルトのタブレットに流れているのは人の写真。

 それはアメリカ横断超キングパレードに参加するために各国から集まった人々のパスポートの写真。

 もちろん、普通ならば他人のそれを見ることは出来ない。

 だが、エゴルトにはそれが可能だ。

 エボルトテック社がアメリカ入国管理局に提供している顔認証照合サービス。

 パスポートと本人の顔の一致から、国際手配テロリストの顔の照合まで、最先端の顔認証サービスを提供している会社のCEOだからこそ出来る特権である。

 無論、普通ならCEO自らチェックすることはしない。

 だが、今のエボルトにはそれをする理由があった。


「次はユーロからの入国者です。その後は日本から。ご指示通りAIでスクリーニングしています」

「ありがとう。少し休憩しよう。ニュースを流してくれ」

「了解しました。コーヒーをご用意します」


 レイニィはエゴルトの好きなキリマンジャロを淹れ、彼のテーブルへと運ぶ。

 エゴルトは手帳を読みながら66インチの大画面モニターに流れるニュースをチラリチラリと眺める。

 レイニィは手帳がどうしても気になった。

 それは、彼が一週間ほど前からしきりに読むようになった手帳だからだ。

 

「気になるかね?」

「はい、とっても」

「なら読んでみたまえ。そして忌憚(きたん)のない意見を聞かせてくれ」


 レイニィは手帳を受け取るとパラパラとそれをめくる。


・地球は太陽系第3惑星であり、宇宙人は今のところ確認されていない

・現アメリカ大統領はマクドナルド・トランプ(2期目)

・世界一の資産家はイイモン・マスク、2位はジャブジャブ・ヘンデス、3位はカネナーラ・アルノー

・僕は自分自身とレイニィを愛している


 愛しているのページでレイニィの顔が一瞬赤くなった。


「どうかね?」

「あ、あたりまえのことしか書かれていませんね」


 政治、経済、自然科学、哲学、宗教。

 その手帳には様々なものについてのメモが書かれていたが、どれも彼女の常識、いや世界の常識しか書かれていなかった。

 

「本当にそう思うかね?」

()いて言えば情報が少し古いですね。世界一の資産家はカーネ氏です。イイモン氏はこの前まで1位でしたが、今は2位に落ちました」

「その通りだ。僕の記憶も、インターネットの検索結果も、新聞のニュースも、全てそうなっている(・・・・・・・)。だけどね、レイニィ君」


 そう言ってエゴルトは最高級のキリマンジャロコーヒーで喉を潤す。


「その手帳に書かれているメモは1週間前に僕がその時の僕の常識(・・・・・・・・)を書いたものなのだよ」

「まさか。そんなことは……」


 世界的なIT企業のCEOが世界長者番付を知らないはずがない。

 そして彼女が知る限り、エゴルトの知識と知性、そして情報へのアンテナの高さは世界でも指折りなのだ。

 だとすると、そこから導かれる結論は……。


「我々の常識が改変されているということですか?」

「そう、知らず知らずのうちにね。ちなみに、今、僕は君の他にキングを愛している。よくて2流のコメディアンの彼をね。彼のことを考えると胸が高鳴り、彼のために尽くしたくなる衝動にかられる」

「わたくしもです。ですが、それはみんなが……」

みんながそう(・・・・・・)思っている(・・・・・)。それを異常と思わずにね」


 レイニィは少し恐怖した。

 そして、そう考えると、この1週間のCEOの異常な行動に納得がいく。


「CEOはその原因に心あたりがあるのですね」

「違うなレイニィ君。僕はその原因のひとつを手にしている、だ。そして他の原因も見つかり始めた」


 エゴルトが指をパチンと鳴らすと、ひとつのニュースサイトが映し出された。


 ”難病に侵された少女、キャロル・グッドマン。奇跡の回復”


 エゴルトの視線の先はその少女ではなく、少女を抱きかかえる父親にあった。


「レイニィ君、僕は人の顔を覚えるのには自信があるんだ。あの輝く闇の座で見た23人の顔は憶えている。彼らの特徴もAIのスクリーニングにインプットした」


 残ったコーヒーをグイっと飲み干すと、エゴルトは再びタブレットに流れる顔写真を眺め始めた。


「必ず見つけてみせるよ。他の”祝福者”をね」


 不敵に笑うエゴルトが、日本からの入国者の中に神の座で見た4人を見つけるのにそう時間はかからなかった。

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