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ダンジョン1ー③

スタンピードとは、何らかの理由でダンジョン内で魔物が異常発生する現象だ。


原則ダンジョン外に出た魔物は急激に弱体化するため、外部に被害をもたらすことはほとんどないが、ダンジョン内に冒険者がいる場合、巻き込まれれば生存はほぼ不可能。


発生原因については全く解明されておらず、予知することもできない。定期的にダンジョン内の魔物を間引いていたとしても、まるでダンジョンが癇癪を起こしたようにスタンピードは唐突に発生する。


唯一の救いはその発生頻度は数十年に一度未満と稀なことだが、実際に遭遇してしまった者にとってそれは何の慰めにもならなかった。


「ス、スタンピード!? 嘘でしょ!?」

「いやでもこの地響きは……」

「それよりどうすんだ……上に逃げればいいのか!?」


クルトたちも初めて遭遇する異常に混乱していた。

信じられないと慌てふためき、具体的な行動がとれていない。


──パァン!


「落ち着け」


両手を打ち鳴らしてその場を制したのは、実はパーティー最年長の小人族シンドリーだった。


「俺は昔、別のダンジョンに潜ってた時、スタンピードに遭遇して生き延びたことがある。落ち着いて冷静に行動すれば助かる」


その力強い──足は僅かに震え明らかに虚勢と分かる──言葉に、クルトたちはグッとその場に踏みとどまった。そしてクルトが代表して指示を仰ぐ。


「……シンドリー。どうしたらいい?」

「スタンピードはダンジョンの最奥で発生して、そこから入口に向かって魔物が暴走する。ここはまだ三階層だ。全速力で移動すれば十分猶予はある」


簡潔な指示。

クルトは他のメンバーとも顔を見合わせ、一つ大きく頷く。


「分かった。全員、全速力で地上まで戻るぞ。途中魔物と遭遇しても突っ切る。最低限の装備以外はこの場に置いていけ」


クルトの指示でメンバーが食料などをその場に捨てて身軽になる。そしていざ地上へ向けて動き出そうというタイミングで、それまで黙って彼らのやり取りを見守っていたウルが右手を挙げて宣言した。


「あ〜、僕らはここで別行動を取らせてもらいます」

『──っ!?』


クルトたちが驚愕し、口を開くより先に、ボールがその言葉を補足した。


「見ての通り拙僧らは、体格的に足が速いとは言えませんでな。足手まといになります」

「そんな!? この状況で見捨てられるわけないでしょ!」


僧侶のミーシャが激昂するが、ウルは冷静な表情でかぶりを横に振った。


「僕ら三人だけなら、魔法で一時的に気配を誤魔化すなり小細工も出来ます。僕らの足に合わせてもらって追いつかれるよりは、お互い逃げ切れる可能性が高いでしょう」


優れた五感を持つ魔物を誤魔化すためには、相当に高度な魔法が必要となる。それを理解している者はウルの言葉を嘘だと理解した。


「何、皆さんらが先行して露払いをしてくだされば、拙僧らも楽に移動ができますでな」

「ワフ!」


こんな状況にも関わらず、彼らは一様に穏やかな表情を浮かべていた。


「──分かった」

「リーダー!?」

「揉めている余裕はない。僕らは彼らに先行して地上に戻る。いいな!?」

『…………』


無言の承諾。

クルトは仲間たちの葛藤を無視して、最後にウルたちに告げる。


「地上で待ってる。──行くぞ!」


そう言って、クルトたちのパーティーは振り返ることなく駆け出した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「う~ん。何か申し訳ない気分になるなぁ」

「じゃな。気持ちの良い若者たちだっただけに、騙しとるみたいで気持ちが悪いわい」

「まぁ、実際騙してるわけだしねぇ」

「ワフゥ……」


クルトたちを見送った後、ウルたち三人はその場から移動することなく、どこかのんびりした様子で言い合う。


『仕方ないじゃない! 一緒にいたら身動き取れないし巻き込んじゃうかもしれないでしょ!?』


いや、正しくは三人ではなくもう一人。

クーの背中のリュックから、ピカピカした光と共に直接脳に響く声がしていた。


「まあねぇ。今日はホントに様子を確認するだけのつもりだったのに、どうしてこんな浅層で気づかれてるわけ?」

「そうさなぁ。以前は最下層まで特に反応が無かったはずじゃが、このダンジョンが特殊なのか、それともこちら側に何か変化があったのか……」

「つか、何かやらかした?」


ウルとボールが疑わし気にクーのリュックを見つめる。


『ぐ……』

「あ。何か心当たりがある反応だ」

『違うわよ! ただ、私も少し力を取り戻したから、前より気配が大きくなってるかもなって──』

「そういうことは先に言えよ!」

『…………』


ウルのツッコミに謎の声の主は気まずそうに黙り込んだ。


「まぁ待て。今そこを責めても仕方あるまい。まずはこの場をどう収めるかじゃ」


ボールはウルを宥めて、謎の声の主に話しかける。


「それで、ワシらはどちらへ向かえば良いので? 流石に真っ向から魔物の群れを突っ切って最下層まで向かうのは無理がありますぞ?」

『ちょっと待って、今反応を探ってるから。この感じだと多分、コア自体は一番奥じゃなくて結構近い……』


しかしダンジョンの魔物たちは悠長に時間を与えてはくれなかった。徐々に地響きのような音が大きくなる中、最初にそれに気付いたのは感覚の鋭いクー。


「──!! ワン! クルッ!」


その警告に一瞬遅れて、ダンジョンの曲がり角から黒い悪魔犬ワーグの群れが姿を見せた。


「どうする? いったん引く!?」


ウルが杖を構えて声の主に問いかける。

この程度ならまだ魔法で一掃できるが、じきに足の遅い魔物たちもここに到達するだろう。


進むか引くか。決断はリソースを消耗する前でなくてはならない。


『──掴んだ! 行けるよ、この直ぐ下!』


その声にウルたちは顔を見合わせ、言葉もなく即座に方針を決定。

ボールはウルの前に出て、二人同時に呪文詠唱に入る。


そして悪魔犬の群れが三人の下に到達した瞬間、ボールの呪文が先に完成する。


「【聖壁プロテクション】」


『ギャウン!?』


突如発生した光の壁に行く手を阻まれ、悪魔犬たちが突進の衝撃をその身に受けて悲鳴を上げる。


「【隧道トンネル】」


次いで完成したウルの呪文は、ダンジョンの地面に直径1mほどの穴を開け、下層へのルートを強制的に切り拓く。


「飛び込むよ! クー、こっち! ボールは僕の背中に!」

「ワフゥ!」

「ほい来た」


そう言ってウルはクーの身体を抱え込み、ボールはウルの背中に飛びつくようにのしかかる。非力なウルの身体はボールの衝撃によろめいて下層への穴へと押し出される。


「──っ! 【落下制御フォーリンコントロール】!」


それと同時に待機させていた呪文を発動。

落下速度を制御しながら穴の中へと姿を消していった。


その直後、術者がその場から離れたことで、ボールが張った【聖壁】が消失。悪魔犬たちはウルたちを追って地面に開いた穴に飛び込んだ──が。


──ズゾゾゾゾゾ!


『ギャウ──!?』


彼らが穴に飛び込んだ瞬間、穴は時間を逆戻しするかのように悪魔犬の群れを呑みこみ、跡形もなく消えてしまった。


いや、ただ一つ。遅れて穴に飛び込んだ悪魔犬が一匹、胴から上が大地に突き刺さった状態でしばらくジタバタとその場でもがいていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


一方その頃。

ウルたちと別れて地上を目指していたクルトたちは、二階層へと上がる階段の手前でスタンピードとは無関係な泥巨人トロルと遭遇し、足止めを食らっていた。


「くそっ! こんなところでっ!」

「焦っちゃ駄目! 泥巨人の攻撃をまともに受けたら私の魔法じゃ回復できないよ!?」


泥巨人の巨体が邪魔をして、すり抜けることも出来ない。焦る気持ちを押し殺しながら、クルト、アーキー、ミーシャの三人は少しずつ泥巨人を削っていった。


トロル相手では攻撃力不足のシンドリーとクロエは後方からくる魔物の警戒担当。まだ魔物の姿は見えないが、スタンピードの地響きは続いている。もし挟み撃ちにされれば、警戒していようがいまいが結果は変わらない。


「お前ら、落ち着け! さっきから地響きの大きさは変わってねぇ! まだ追いつかれるまで余裕はあるぞ!」


冷静であれと自分に言い聞かせていた斥候のシンドリーが、戦っている仲間たちを鼓舞する。その言葉は気休めではない。理由は分からないが、ずっと近づき、大きくなっていたはずのスタンピードの地響きが、あるタイミングから変化がなくなっていた。


止まったわけではない。ただ何か目標を見失い迷走しているかのように、こちらに近づいている気配がない。


何があったのか──シンドリーの脳裏に一瞬、先ほど分かれた三人組の姿が浮かぶが、すぐにかぶりを振って忘れろと振り払う。スタンピードのコントロールなど一介の冒険者にできることではないし、彼らのことを考えるのは罪悪感故の迷いに過ぎない。


ダンジョン内で余計な思考は命取りだ。冷静に、目の前の現実にだけ向き合わなければ。


しかし、そう考えることができるのは、シンドリーが経験豊富なベテランだからこそ。


「……おかしいです」


見習いメンバーのクロエは、ずっとウルたちのことが頭から離れなかった。


「おかしいって何がだ?」

「ウルさんたちです。私たちが泥巨人に足止めされて結構な時間が経ってるのに、追いついてくる気配がない」


シンドリーは怒鳴りつけたくなる気持ちを頭をかいて堪え、努めて冷静にクロエを諭す。


「っ! あいつらのことを気にしてる余裕は俺らにはねぇだろ。いいからちゃんと後ろを警戒してろ……!」


しかしこの場合、いっそシンドリーは感情のまま怒鳴りつけるべきだったかもしれない。クロエは自分の思考に没頭し、シンドリーの言葉がまともに頭に入っていなかった。


「きっと何かあったんだ。助けに行かなきゃ……!」

「あっ! おいっ!!」


突然元来た方に駆けだすクロエに、慌ててシンドリーは手を伸ばすが、届かない。


「すぐに戻ります!」

「馬鹿野郎!」


少女の姿はあっという間にダンジョンの闇の中へと消えていった。

本日の投稿はここまでです。

読んで頂きありがとうございました。

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