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ダンジョン1ー②

「悪い! 一匹逃した!」

「クロエ、フォロー!」

「あ……え……!?」


ダンジョン内でゴブリンの一団と遭遇したウルたち、クルトたちの混成パーティー。主に前衛を請け負っていたクルトたちだが、ゴブリンたちの方が数が多く、連携の隙を突いてホブゴブリンが一体前線を抜けてしまう。


中衛で遊撃を任されていた軽戦士の少女クロエに食い止めるよう指示が飛ぶが、しかし彼女は2m以上あるホブゴブリンの巨体に気圧されて足がすくんでしまっていた。その怯えを見抜いたホブゴブリンは、乱杭歯をむき出しにしてクロエに向けて棍棒を振り上げる。


『グォォォッ!』

「ひ──っ!!?」

「馬鹿! 止まるな!」


猫獣人のアーキーが罵声を浴びせ慌てて駆け寄ろうとするが間に合わない。


「【傀儡兵クリエイトゴーレム】」


絶体絶命の窮地に割って入ったのは、樫の木で出来た人形だった。


──ゴゥン!


ウルが生み出したオークゴーレムはホブゴブリンの一撃を受け止め、その腕をベコリと凹ませながらもその場に踏みとどまってクロエを守り切る。


「よくやった!!」


一瞬遅れて、アーキーが攻撃直後で無防備なホブゴブリンに跳び蹴りを叩きこみ、その首をへし折る。


「うっしゃぁぁ! クルト、今の内にボスを仕留めろ!」

「分かった! ミーシャ、シンドリー、援護してくれ!」


クルトは目の前のゴブリンを盾で殴り飛ばし、奥に控えるゴブリンリーダーに突進する。クルトの仲間たちも神聖魔法の【聖撃ホーリースマイト】とショートボウで彼の血路を切り開いた。


「それでは拙僧も──偉大なる女神アルムートよ、若き勇者に御身の加護をお与え下され」


後衛で戦況をうかがっていたボールは、神聖魔法の【加護ブレス】によりクルトの行動に一度限りのバフを与えて援護。


「うおぉぉぉぉっ!!」


仲間たちの援護を受けたクルトの刃は誤ることなくゴブリンリーダーの首を切り飛ばす。


リーダーを失ったゴブリンはまさしく烏合の衆。

その後はまともな抵抗もできず、冒険者たちの連携の前に狩り尽くされた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「いや、助かったよ。てか後ろに敵通しちゃってごめん!」

「ホントにごめんね? 怪我無い?」


戦闘が終わるとリーダーのクルトと僧侶のミーシャが二人してウルたちに頭を下げてきた。


彼らのパーティーのサポートにつくことを決めた翌日。

早速ダンジョンに潜ったウルたちだったが、いきなり規模の大きなゴブリンの群れと遭遇。クルトたちパーティーの連携に乱れもあり、少しだけ危うい初戦闘となった。


「あれぐらいは問題ないので、そんな気にしなくていいですよ」

「ですなぁ。治療に関しては拙僧が担当します故、ミーシャ殿は遠慮なく前線に集中してくだされ」


ダンジョンに入る前に簡単に打ち合わせをしたところ、同じ僧侶であっても宗派の違いによりミーシャはかなり攻撃的な呪文を使うことが判明。その為、ボールは援護・治療役に専念する旨の取り決めがしてあった。


「なあなあ、それよりあれって傀儡兵ゴーレムだよな? すげー便利じゃん。なんで最初から出しとかなかったんだ?」


平身低頭するクルトたちとは対照的に、興奮した様子でウルの服の裾を引っ張るのは小人族の斥候シンドリー。彼はウルが呼び出した樫の木の傀儡兵に興味津々の様子だ。


「傀儡兵は便利ではあるんですけど、地形によっては移動できなくて呪文の無駄撃ちになる可能性があるんです。だから必要な時だけ出すようにしてるんですよ」

「ああ、なるほどな~。でもあれ、罠の確認とかにも使えそうじゃね? どれぐらいの時間持つんだ?」

「物理的に破壊されない限り大体6時間ぐらいですね」

「うぉ~、そっか~。いいな~。俺も魔術習おうかな~」


意図してのことがどうか、マイペースなシンドリーの態度にその場の空気が緩む。


一方で、厳しい空気が漂っているのが猫獣人の武闘家アーキーと軽戦士の少女クロエ。先ほどの戦いでまともに動けなかったクロエは、その場に正座させられアーキーから説教されていた。


「テメェ……高々ゴブリンごときにいつまでビビってやがる。本気で冒険者になりてぇんじゃなかったのか、あぁ?」

「はい……すいません」

「非力なテメェに敵を倒せと出来もしねぇことを言うつもりはねぇ。だがな、俺ら前衛は例え自分が死のうが後衛を守るのが仕事だ。テメェはその役割を果たさず、逆に呪文遣いに貴重な呪文を無駄撃ちさせて守ってもらったんだ。恥ずかしいと思わねぇのか!?」

「…………はい」


シュンとした様子のクロエを見て、ウルはクルトに「あれはいいのか?」と視線で尋ねる。彼は苦笑し、


「ああ、うん。クロエの場合、他の人に叱られないと余計自罰的になって落ち込んじゃうからさ。アーキーの奴も、その辺り分かった上で叱ってるから、気にしないで」

「なるほど」


傍から見ればあまり好ましい光景ではないが、リーダーのクルトがそう言うなら、そういうものなのだろう。


クルトたちのパーティーは4人プラス見習い1人の変則パーティーだ。リーダーで戦士のクルト、彼の幼馴染で僧侶のミーシャ、小人族の斥候シンドリーと猫獣人の武闘家アーキーが正規メンバー。


元々ここにノームの妖術師ソーサラーがいたそうだが、家庭の事情により離脱。そこに新たに加わったのが軽戦士の少女クロエだ。


クロエは戦士としてはあまりに非力で適性がない上、一目で貴族と分かる容貌と気品を併せ持ついかにもな訳あり少女。どこのクランやパーティーにも相手にされず門前払いされていたところ、ミーシャが同情して見習いとしてパーティーに加えたそうだ。


だがハッキリ言って彼女は色々と危なっかしい。コボルトのクーを含めた好条件でウルたちを誘ったのも、クロエという足手まといの存在があったからのようだ。


ちなみに話に加わっていないクーは、戦闘中は標的にならないよう皆の影に隠れていた。今は魔物の死体から魔石などを集めて回り、クルトたちを感心させている。


「いつまでへこんでやがる! ここはダンジョンの中だぞ! 落ち込んでる暇があったら次どうするか考えやがれ!」

「──っ! はい!」


アーキーの説教も終盤に差し掛かり、もうすぐいい感じに終わりそうだ。最初はどうかと思ったが、こうして見ると良い師弟──あるいは舎弟関係ではないか。


周囲を警戒しながら今後の方針について打ち合わせをしているクルトたちを見ながら、ウルとボールは『良いパーティーだな』と素直に感心した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「あの、先ほどはありがとうございました!」


戦闘後の反省を終え、今日の探索の目的地である第四層に向かっていると、先ほどミスをして後衛を危険に晒したクロエが話しかけてきた。


移動中の陣形はざっくりクルトたちが前を進み、後ろからウルたちがついていく形。この辺りは既に開拓されていてバックアタックの懸念も低く、ウルたちの護衛として後ろについているクロエが移動中に会話ができる程度には余裕があった。


「いえいえ、あれぐらいは」

「ワシらも何もせずに報酬だけもらったのでは居心地が悪いですからな。仕事をさせてやったんだと思うて気にせんで下され」


全く気にした様子なく愛想よく応じるウルとボールにクロエはホッとした表情を見せる。


「ワフ! コレ、アゲル!」

「え……?」


クイクイとクロエの袖を引っ張り、クーが肉球の上にドライフルーツを載せて差し出す。唐突な申し出にクロエが戸惑っていると、ボールが助け舟を出すように口を挟んだ。


「こ奴にとってはこれが友好の証でしてな。物自体は昨日店で買った物ですし、良ければ貰ってやってくだされ」

「あ……はい。それじゃ遠慮なく。ありがとうね、クーちゃん」

「ワン!」


ドライフルーツを受け取ってもらい、頭を撫でてもらったクーが嬉しそうに尻尾を振る。このコボルトは小柄な身体の前と後ろにそれぞれ背負い袋をかけており、クロエにはそれが少し重そうに見えた。


「クーちゃん、リュック重たいよね。片っぽ持とうか?」

「ワフゥ? ダイジョブ!」


クロエは親切心から手を伸ばすが、クーは身体をよじってキッパリとそれを拒否する。


「え、でも……」

「馬鹿野郎! 自分の仕事も満足にこなせねぇ奴が人の領分に手ぇ出してんじゃねぇ!」


なおも食い下がろうとしたクロエに、話を聞いていたらしい前のアーキーから鋭い叱責が飛ぶ。ビクンと背筋を伸ばすクロエをフォローするように、ボールが朗らかな声でフォローを入れた。


「ほっほ。ありがたいお話ですが、これがこ奴の仕事でしてな。どうか任せてやってくだされ」

「あ……はい。ごめんね、クーちゃん?」


クーのプライドを傷つけたのではとクロエは謝罪するが、クーは気遣って貰えたことが嬉しいらしく、舌を出しながら尻尾を振っていた。


「ワン! シゴト、ダイジ!」

「ふふ……そうだね」



じゃれつきながら、一行は新たな魔物に遭遇することもなく第三層まで順調に到達する。冒険者の出入りが多いダンジョンの浅層では一度も魔物に遭遇しないことも珍しくはなかった。


「このフールのダンジョンは今のところ六層まで開拓されてるんでしたっけ?」


索敵しながら慎重に前を行くクルトたちから少し離れて、少し手持ち無沙汰のウルはクロエに情報収集がてら話題を振る。


「そうですね。もう数百年以上それより下の階層は発見されてないそうです。ダンジョンとしてはかなり浅い部類なんですけど、その分一層一層あたりが凄く広くなってるんですよ……って、私はここ以外のダンジョンを知らないので、全部受け売りですけど」


大分打ち解けてきたのか、クロエはそういってペロリと舌を出す。


「ウルさんたちが以前潜ってたダンジョンはどんなところだったんですか?」

「そうですね……以前いたダンジョンは逆に縦に長いタイプでしたね。30層以上開拓されてたんですけど、目当ての階層で他のパーティーとバッティングばかりして大変でしたよ」

「えぇっ、そんなに!?」

「ええ。湖があったり砂漠があったり、一層一層特色があって面白かったんですけどね」


ウルが過去形で語ったことで、クロエは彼らがダンジョンの消滅したサイラスの街からやってきたことを思い出した。


「あ……すいません。ダンジョンが消滅して大変だったでしょうに、思い出させるようなこと言っちゃって」

「ああ、いや……」


ウルはどこか遠い目をして苦笑した。


「気にしないでください。あそこで腰据えて商売してたような人はともかく、僕らは所詮根無し草なんで」

「でも……」

「いやホント。まぁ、あそこで腰据えて商売してた人は今頃大変でしょうね」

「…………」


露骨に話題を逸らすような言葉だったが、根が生真面目なクロエはダンジョンという資源を失って混乱しているサイラスの街を想像し、憤慨するように言った。


「……一体、誰がそんなことしたんでしょうね?」

「え?」

「街の人たちの生活を支えてる貴重なダンジョンを、勝手に消滅させるなんて酷いじゃないですか」


ダンジョンとはもはや踏破するものではなく共生するもの。それがこの時代の冒険者にとっての常識だ。


クロエはウルたちが顔を見合わせ、微妙な表情をしたのに気付かず続けた。


「攻略したならせめて名乗り出るべきだと思うんですよ。初代皇帝陛下のように。手に入れた魔道具の力を何らか人々に還元すべきじゃないですか」


このアルビオン帝国の初代皇帝が、約千年前にダンジョンを攻略し、そこで得た『王鍵』と呼ばれる魔道具を用い戦乱の世であった大陸を統一したエピソードは、この大陸に住む者なら蛮族でも知っている有名な英雄譚だ。


この無尽蔵とも思える資源を生み出し続けるダンジョンの核である魔道具。そこに人の世を一変させるだけのポテンシャルがあることは既に実証されている。


「強力な魔道具を前に欲望に駆られる気持ちは分かりますけど──」

「ストップストップ。別に誰かがダンジョンを攻略したとは限らないでしょ」


興奮気味のクロエを宥めるように、ウルが苦笑しながら口を挟む。


「でも──」

「そもそも。ダンジョン攻略とかここ何百年も成し遂げた人がいないんですよ?」


ダンジョンとは力ある魔道具がその担い手を選ぶために作り出すもの。


その事実は伝わっているが、具体的にどうすればダンジョンを攻略したことになるのか、実のところその方法は全く分かっていない。分かりやすくボスや最奥の目印がある訳でもなく、フロアをくまなく探査し尽くしてもそれ以上何一つ見つからないダンジョンが大半だ。能力さえあれば攻略できるというものではなく、そもそも攻略するものと認識していない者も珍しくない。


「誰かが攻略したって考えるより、自然現象か何かと考える方が自然じゃないですかね?」

「そんな……千年以上存在するダンジョンが自然消滅するなんて……」


ウルはダンジョンは人にどうこうできるものではないと語るが、クロエは納得していない様子だ。不満げに唇を尖らせる少女に、今度はボールが笑いながら語り掛ける。


「ほっほっほ。まぁ、そういう考え方もあるということです。それよりも、いるかどうかも分からない相手に憤って興奮していてはまた足元を掬われますぞ?」

「う……」


そう言われて、クロエはここがダンジョンで、今自分が探索途中であることを思い出したようだ。先を行くクルトたちに視線をやり、今のやり取りを聞かれていなかったことを確認しホッと胸を撫でおろす。


そんな彼女の様子にウルとボールは顔を見合わせて苦笑した──その時。


『──気付かれたわ』


突然ウル、ボール、そしてクーの脳に直接声が響く。


『────』


三人はその声に反応し、立ち止まって周囲を警戒した。


「え? ど、どうしたんですか?」

『…………』


その突然の変化についていけないのはクロエだ。

しかし三人は黙って周囲を見回し、聞き耳を立てている。


彼らが警戒態勢に入って数秒後、斥候のシンドリーも何かに気づいたのか、先行していたクルトたちの足を止めていた。


「止まれ!」

「ん……何かあったのか?」

「…………」


訝し気に問いかけるクルト。

しかしシンドリーはそれに答えず、僅かに緊張した面持ちで地面にペタリと耳を付けてしばし何かを探っていた。


後ろにいたウルたちも彼らの様子に気づき、シンドリーの邪魔をしないよう足を止めたまま警戒を続ける。


「…………足音。それも凄い数だ」


たっぷり数十秒ほどそうしていただろうか。

シンドリーは地面から耳を離してそう呟く。


「何の足音だよ?」

「分かんね。数が多すぎて何の足音だか判別できねぇ」

「はぁ? んな馬鹿な話──」


文句を言おうとしたアーキーが何かに気づいたのか、顔色を変える。そしてそれは、他のメンバーも同様だった。


「何かありましたか?」


後ろにいたウルたちが確認のためクルトたちに近づいてくる。クロエ以外は概ね事情を察しているのか、皆一様に厳しい表情だ。


そして、シンドリーがその単語を口にする。


「スタンピードだ」


階下から小さく、しかしハッキリと地響きが聞こえてきた。


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