珈琲とメロンソーダ
三題噺もどき―さんびゃくはちじゅうなな。
小さなざわめきが鼓膜を叩く。
ときおりふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。
暖かな日差しに頬が少し暑い。
「……」
膝の上に置いた本のページをめくる。
つるりとした紙の感触はいつ触れてもいいモノだ。
ほんの少し冷たいのもまたいい。
「……」
この辺りで一番大きな図書館の一角。
そこにあるちょっとしたカフェスペースだ。
図書館で借りた本を読むのもよし。外で買った本を読むもよし。仕事をするもよし。
―基本的に静かにしていれば、何をしてもいい場所だ。
「……」
正直カフェというよりは、喫茶店といった方がしっくりくるような内装である。
メニューも比較的そちらのイメージに近いものが多い。
カフェと部類されるところににあまり行かないから、違いは分からないが。
というか、カフェと喫茶店に違いがあるのかどうかも知らない。
が、なんとなく、雰囲気というか、気分というかは、変わるよなあ。
「……」
コト―
と、何かを置く音が近くで聞こえる。
音の主は、目の前に座っている。
「……」
同じデザインの椅子に座り、膝の上に本を置いている。
机は椅子と同じぐらいの高さで揃えられており、その上に2人分の飲み物。
こちら側にはコーヒーカップ。
向こう側にはガラスの面長のコップが置かれている。
―中身はそれぞれ、珈琲とメロンソーダ。
「……」
さわやかな色合いの液体が陽に照らされて、机の上に鮮やかな影をつくっている。
その上にはアイスクリームがのっていたはずだが、もう既に溶けているようだ。
よく見れば、炭酸も抜けつつあるように見える。
―気づいてないのか?
「……」
それにすら気づけないほど集中しているんだろう。
さっき口に飲み物を運んだことももしや無意識だったりしないか。
あんな甘いだけの飲み物、口に入れただけで気づきそうなものだけど。
まぁ、彼女は甘いものは得意だし。過去にみた、飲み物に大量にガムシロップを入れていた姿は今でも忘れられない。
「……」
長い髪はハーフアップでまとめている。
サイドの髪は読書の邪魔なのか、耳にかけている。
普段は隠されている耳たぶに、小さな花のピアスがきらりと光っている。
その横から落ちた美しい黒髪は、さぞ手触りがいいんだろうと思えるほど輝いてる。
「……」
伏せられた瞼は長いまつ毛に縁どられている。
あまりメイクはしないから、アレは自前らしい。同性としては羨ましい限りだが、本人はたまに目に入って痛いから嫌だと言っていたりする。
メイク興味はない癖に、髪の手入れはかなりしてるんだねと言ったら、これは別だと言われた。挙句、あんたはメイクすらしないんだから指摘される謂れはないとまで言われた。
……それとこれとは別だ。
「……」
ときおり、小さく震えるその瞳はどんな世界を映しているんだろう。
あいにく読んでいる本の内容は検討もつかないし、教えてもくれない。
興味を惹かれるものが全くと言っていいほど違うので、分からないのだ。
同じものを読んでみたいから貸してくれと頼んだこともあるが、すげなく断られた。
「……」
無意識なのか。
つぅ―
と、指先が唇に触れている。
「……」
ほんの少しピンク色に見える。
いつもと色が違う気がするが…今日は変えたんだろうか。
「……」
小さく開いた口内。
「……」
甘い。
香りが。
「……」
広がっていたり。
「……」
するんだろうか。
ごくり―
「……っ」
はたと我に返る。
危ない。我ながら思考がやばすぎる。
どうしてそこまで行くんだか。
「……」
そう思いながらも視線が彼女から外せないのはもう……。
ときおり、のたりと飢えるこの獣は何なのだろうな。
今はまだ抑え込める程度ではあるが、そのうち言うことを聞かなくなりそうで少し怖い。
「……」
いっそ溢してしまえばいいんだろうか。
彼女に、この内に生まれた獣の事を。
―そんなことした暁にはこの関係が終わってしまいそうだけど。
「……」
どうしようもない。
もどかしい思いを抑え込む。
それでも喉からこぼれそうになったので。
「……」
冷えたコーヒーを一口飲む。
苦みと共に飲みこまれた獣は。
腹の底で蠢いた。
お題:メロンソーダ・図書館・もどかしい