コール夜勤のシゲモリさん
ル ルルル ルルル ルルル ルルル
『はい。みかり市相談センター、シゲモリです』
「……」
『こんばんは』
「……あの……。あたし、もう死のうと思って……」
『どうされました?』
「……う……、ううっ……」
『いいんですよ、ゆっくりでいいから話してみて』
「……浪人したのに、志望大学に落ちちゃって。滑り止めの私立も不合格だったんです……。親に、お前みたいな出来損ないの馬鹿な娘はもう面倒見切れないから、出ていってくれって言われました」
『まあ……』
「直後、そのことを知った彼氏に振られました。それで初めて知ったんですけど、彼には奥さんがいたんです」
『えええ?』
「あたし本当に何も知らなくって……。それまでずっと優しくしてくれていたのに、彼氏は急にあたしのことを馬鹿にしだして。うちの嫁に何か言ってみろ、慰謝料を払うはめになるのはお前だぞ、って。涙が止まりません」
『それはそうよ』
「大学に落ちたことは仕方ないと思うんです。自分なりに頑張ったんだし……。でも、ひどい言葉で親と元彼に傷付けられたことが許せない。どうせボロボロの自分なんだから、死んで思い知らせてやろうと思って……」
『そうだったの……大変な経験をしたのね』
「はい」
『でも、これで一度今までの自分の生活をリセットして、例えば全く別の町で一人暮らしをしてみれば、また新しいお友達や彼氏ができて、今よりずっと楽しい生活ができる可能性も高いわよ?』
「……あたし、デブでブスで、先天性の皮膚疾患も持ってるんです。受験に失敗したことでもわかると思うんですけど、頭も良くありません。親と元彼には、あたしみたいな女は一生まともな生活はできないだろうって言われ続けて……。嫌なんですけど、その考えが染みついてしまいました」
『……ひどい言い方をする人たちなのね。許したくない、というあなたの気持ちはすごくわかる』
「ありがとう、シゲモリさん」
『ただね……。思い知らせてやろう、と思ってもうまくいかなかったら損よね?』
「え?」
『例えば、よ? あなたが自殺を選んでしまったとする。でも親や元彼がそのことを知って、ショックを受けて嘆き悲しむという保証はどこにもないのよ』
「……」
『死んでしまったら、後から確認したりすることはできないの』
「……そんなはずありません! あたし、ここまであの人たちを憎んでいるんだから、絶対に悪霊になってやる。親と元彼を見張って、後悔するところをあざけり笑ってやりたいんです」
『そういうものじゃないのよ』
「……?」
『死の瞬間は本当に、予想ができないの』
「……」
『ふうっと気が付いたら、地縛霊になって三年も時間が経っていた……なんてことになったら、あなたどうする?』
「どうって……」
『霊魂は、万能ではないのよ。見たいものを見たり、したいことをするのであれば、生きている方がずっと確実にできる』
「……」
『私ね、大晦日の日に夫と喧嘩したの。相談コール対応の仕事にのめりこみすぎて、家族のことをないがしろにしているって言われて、ものすごく腹が立ってつい口論が発展しちゃったんだわ。それで、せっかく休みだって言うのに、市庁舎に出勤したの。コール室の鍵を持っていたから、一人でも時間外のサービス営業してやるって思って……。そうやってカッカしながら、猛烈に自転車をこいだのよ。そしたら、T字路のところで目の前に大型トラックが出てきてね』
「……」
『それっきりよ。目の前がぱああっと白くなって、それでおしまい。いわゆる意識が飛んだ、という状態ね。気が付いたら、いつもの出勤スタイルでお弁当の入ったトートバッグを持って、市庁舎の裏玄関前に立っていたわ』
「……」
『あれー、変だな、と思ってコール室へ入ったの。そうしたら、私のデスクに別の人が座っていて、話しかけても無視。他の同僚も何となく雰囲気が変わっていて、カレンダーを見たら三年後の日付じゃない? 何の冗談かと思ったわ』
「……冗談ですよね?」
『ああ、そうよね。あなたにとっては、私の存在そのものが冗談ととれるわよね。でも霊って案外、何もできないものなの。実際に私、市庁舎から出られなくなっちゃったんだから』
「……もう、切ります。あたし本気で相談したかったのに、こんな風におちょくられるなんて思ってもみなかった」
『あっ、ちょっと、ちょっと待って! 私のことはどうでも笑い飛ばしてもらって構わないんだけど。あなたね、シゲモリサトシって人を知らない?』
「知りません。……だんなさん?」
『ええ。自分の死んだ直後から数年が飛んでいるし、私は市庁舎から出られないものだから、もうどうしているかさっぱりわからないのよ。住民票を見たら、四年前に本籍地の東京へ引っ越していたことだけわかったんだけど』
「実家に連絡してみればいいのに」
『実体がないもんだから、通話ボタンが押せないのよ。このもどかしさ、わかるかしら?』
「でも、会えたとして何を伝えたいんです? あなたとの喧嘩が原因で事故に遭って死んだのよ、って責めるとか?」
『いいえ。急に消えちゃってごめんなさい、って謝りたいだけ』
「……」
『……』
「……また、電話してもいいですか。シゲモリさん」
『ええ、もちろんよ。それにしてもいっぺん名乗っただけなのに、対応オペレーターの名前憶えてくれる人ってそうそういないのよ? なかなかの逸材よ、あなた。この先ぜったい、良いことあるからね』
「……」
『ところであなた、この電話番号、どこで見てかけてくれた?』
「……県のサイトに、地域別の相談窓口一覧がのってました。今、ネットカフェでPC見ながら話していて……あ……あれ?」
『そう。そこにも書いてあるけど、本当の受付時間は夜の九時までなの。カウンセラーの面談を予約するとか、モラハラ被害者の会と連絡をつけるとか、そういう具体的なことを頼むならそれまでにかけてみて? 同僚がお手伝いするから。でもその後は、時々私が出るわ』
「さっき、通話ボタンは押せないって言ってましたよね?」
『ええ。こちらからはコミュニケーションができないの。霊と情報機器の関係っていまだによくわからないわ』
「……」
『だいじょうぶ?』
「ええ、……はい。……話をしてくれて、どうもありがとうございました」
ツー ツーツーツー ツーツーツー ツーツーツー
【完】