あるところにフラグがたった
「使用終わったので空き教室の鍵返しに来ました。どうもありがとうございました」
「おう。ごくろうさん」
頭が鳥の巣のような男――高松薫教諭が返事して鍵を受け取った。
「田中ぁ。部員はどうだ、仲間は集めは? 順調か?」
「…………はい。ワノ国編の序盤くらい順調です!」
「…………そうか、くだらぬことを聞いた。申し訳ござらぬ」
高松先生はノリがいい。
演劇部は部員不足のため、正式に部活動として認められていなかった。
よって、もろもろ数多の問題を抱えていた。
お金問題。部活でないため内申評価にならない。大会への参加ができない。部費が下りない。小道具などが足りない。正式な部活活動優先のため使用できるエリアが限られており練習場所に困っている。予算がない。
ん? え? なにか説明が被ってるか?
まあ、それほど俺の中でその問題が重要なのだろう。
「そもそもこの少子高齢時代に5人も集めるなんて、不可能ですよ」
「いや、この近久野高校はマンモス校だぞ? 生徒1000人弱の大型高校だぞ? 結構条件ゆるいぞ?」
「あと5人くらいマイナスしてまかり通りませぬか?」
「部員0人じゃどんな活動もまかり通らぬわ! あと顧問を探す件も忘れるなよ」
「わかってますよ。ノーマルなカードですね」
「コモンてレアリティの話じぇねえよ?!」
現在、俺は部員集めに尽力している。
――成果は、限りない0、である。
「失礼しました」
職員室から退室しようと戸を開けたところだった。
「ですから、この公式では解けないではないですか!」
女子の大きな声が聞こえた。
「だから、こういう風に当てはめれば――」
「この数字はどこから出てきたんですか?」
「佐藤いいかげんにしてくれ。こうすれば出てくるだろうが」
「そうしないといけないならこの公式は使えないじゃないですか!」
「だからな――」
ヒートアップしている生徒と教師が目に入る。
三つ編みに眼鏡をかけた女子生徒と数学担当の鷹知龍馬先生だ。
そういえばあの2人、俺が職員室に入った時から、話をしていたような気がする。
「…………」
職員室の戸を閉めた。
「鷹知先生!」
「ん? 田中か。どうした?」
「この前は音響の備品、貸してもらって、ありがとうございました」
「ちょっと、私が先に――」
横槍を入れられたことに、苛立っているような三つ編み眼鏡。目尻が吊り上っている。怒っている。
「あ、佐藤。ちょうどよかった。次の委員会の件で伝えたいことがあるんだ。ちょっと来てくれ」
「あの、ちょっと……?!」
「それじゃあ、失礼しました」
「えっ、失礼しました」
三つ編み眼鏡を連れて、職員室を出た。
「あなた誰ですか?」
「田中」
一言で済ませた。
委員会の件はもちろん嘘である。
この後輩と面識はない。
「その問題は、その公式じゃなくて別の公式の方が解きやすいぞ? あとのページに載っている――こっちだな」
「え、ああ、やっぱりそうですよね」
私間違えてなかったうんうん、というリアクションの三つ編み眼鏡。
「……まったく、鷹知先生はなんで教えてくれなかったんでしょうか」
「鷹知センセは頑固者だから。それに間違っているわけじゃないしなぁ。ムリに解こうとすれば解ける。数学の答えを導く方法は1つじゃない場合が多いしな」
「…………」
不満あり気だった。
「でも、佐藤も悪いと思うぞ?――いや、すまん。悪いことはないし間違っていないんだけど。……けれどイジになっていたな。この公式で解けるなら解いてみろ、ってケンカ売ってるみたいだった。あれじゃあ鷹知センセも言い出せないだろ?」
「…………」
黙って何も言わない。
「余計な御世話だったな。すまん」
「…………」
黙っている。
「もっとゆっくり、一度落ち着いて、相手の事情や意見を聞いてみてもいいと思うぞ?……おっとすまん。これこそ余計なお世話だったな。すまん」
「……いえ」
「あ、俺、人をまたせてるから、じゃ」
俺は帰路についた。