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うさぎとかめ その後

 近久野小学校駐輪場をめざして、3人は校内を爆走していた。


「やべっ! 5限目まで、あと9分しかねえぞ!」

 田中彼方が腕時計を見ながら、他の2人に状況を伝える。


「小道具類、背景の町や車、音響設備は小学校の先生に仮置きさせてもらいました。放課後とりに来ましょう!」

「オーケーありがとう工藤!」

「いいえっ!」

 快く後輩・工藤大が返事した。


「昼休みに小学校まで行って舞台セットして1公演して戻るとか、強行軍がすぎるわ!」

「すまん! この件は俺が浅はかだった。これ以降だと、対象の1年生が帰っちまうから、この時間しかなかったんだ!」

「まあええわ。楽しかったし、このままならギリ授業も間に合いそうやしな!」

 まだウサギ耳を付けている夢野叶が不敵に笑う。



 校舎の2階から声が聞こえた。

「あっ! うさぎさんとかめさんだ!」

「きょうはありがとぉぉおお!」

「またっ! きてっ! ねぇえええ!」

 劇を見た小学生が大声を上げて手を振っていた。



「うぅん。ばいばいぃ! またねぇ!」

 田中がカメをした。


「ちょっ! アンタっ! 時間ないっちゅーのにっ!」

「ファンにはぁ、応えたいぃ、じゃないかぁ。カーテンコールみたいなぁものだぞぉ!」

「ええから! そのしゃべり! やめえ! もし今度うちがカメ役になってもそのしゃべり方はせえへんからな!」

 ウサギがカメを引っ張っていった。




 駐輪場へ。

 自転車横に構える。

「よっしゃ! 急ぐで! 野郎ども」

「おう!」

「はい!」


 それぞれ自転車のリング錠を解錠。

 カシャン、カシャン、カシャン、――ポシューン。

 余計な音が1つ聞こえた。


「ん?」「え?」「は?」


 調べる。

 音のした場所を。

 夢野叶の自転車後輪を。

 

「うちのチャリ、パンクしたぁ!!」

 夢野が叫んだ。


「マジか?」

「なんてタイミングっ!」

 男子2名が驚愕した。


「……しゃーないわ。ここはまかせて先に行き。2人とも」

 夢野が悲愴に笑う。



「んー。どうするかだが……とりあえず工藤は先にいけ」

 先輩田中が後輩工藤に指示を出す。

「え、でも……」

「1年は教室が上階だからな。それに最悪、間に合わなくなっても全員で遅刻するよりはいいだろう」

「その、すみません! そのかわりできるだけ荷物は持たせてもらいます」

「ありがとな。そして気にするな。――でも車には気をつけて、トばせよ?」

「はいっ! 道路交通法を順守しつつ、ぶっトばします!」


 工藤は疾走していった。




 叶は残った田中に言明。

「いや、あんたも行きや! 遅れるで?」

「この時間に設定したのは俺だ。責任は俺にある。――だから、おいて行けない。おいて行きたくない」

「アホやな……。このままやと、2人とも遅れるで?」

 言いながらも叶は、実は嬉しかった。



「1つだけ案がある」

「ほう。なんや?」

 叶が田中に聞く。



「後ろに乗るか?」

 田中は自身の自転車荷台を指した。



「…………」

 とても悩ましい。そんな反応だった。しかし――誘惑を振り切る。

「ダメやろ」

 断った。


「俺、まだ甲羅つけてるから胸は当たらないぞ?」

「下ネタやめろ! それは考えてなかったわ!」

 ツッコミしてから、真面目に話す。


「交通事故防止の劇をした後で、2人乗りなんてしたらアカンやろ? 示しがつかへんやん」

「そうだな」

 田中も納得。


「じゃあ、仕方がない」

 田中は自転車を降りた。

 そして、ハンドルを叶に渡した。


「カナエ乗れ。このチャリに」

 田中は彼女に合わせてサドルを調節した。



「え? いやいや、あんたは? カナタはどうすんの?」

「決まってる」

 田中彼方は覚悟を決めた。


「走るしか、ないだろ?」

 不敵に笑んだ。準備運動の屈伸。


「マジなんあんた?!」

「カナエが走っても間に合わないだろ。劇中で走って疲れてるだろうし、だから俺が走る」

「てか、案が1つだけって言うたけど?」

「だから、はじめから()()()()()なかったぞ。2人乗りはダメだろ。念のため同じ気持ちか確認しただけだ」

「せやけど……」

 彼の正気を疑う。

 彼は笑っていた。




「劇中じゃなくて、リアルでこそハッピーエンドにするべきだろ!」




「ぷっ」

 吹き出した。


「あはは」叶も笑う。「たしかに、せやな。――しゃーない。うち、ぶっトばすで? 遅れずに死ぬ気でついてきいや!」


「笑止! ――この『ショウシ』って普通に生きてても絶対言わない言葉だよな。使えて良かった」


「ええから、走りや!」



 ふたりはただただ道を駆けた。




 ちなみに、授業には間に合った。



 だがしかし、夢野叶は、あまりにも必死だったために、頭上のウサギ耳を付けたままだったことに気がつかなかった。

 ギリギリで教室に飛びこんだ夢野叶の必死な形相に誰も何も言えなかった。

 クラスメイトも、教師でさえも、口に出すことが、はばかられた。

 午後の授業中、ウサギ耳をつけ続けた彼女は伝説となる。



 伝説のドリーム・バニーなる呼称を与えられることになった。

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