人魚姫その後
「なんで人魚姫が陸上競技やねん!」
放課後、高校の教室にて。
夢野叶は盛大なツッコミを入れた。
「でも、カナエも話にノってたじゃん」
「あれは、もうその話の流れ的あの展開しかありえへんから、そうしただけや」
「とりあえず、これ返すわ。おおきに」
叶は田中に劇中で着せられた黒い衣であるところの学生服――学ランを返した。
自身も制服を着用しているので、別に寒くはない。
「おう」
田中が受け取った。
「でも、今回の舞台設定、めっちゃ練られてましたね。田中さん」
小道具の白衣を脱ぎながら話す。
「ああ。工藤もそう思うか? 俺自身も、いいアイディアひらめいたと思った」
「はいっ!」
後輩・工藤大が快い返事をした。
「僕、演じていて楽しかったです」
「ちょいまちや。いや、楽しかったけれども……泡から蘇生とか、世界を統べる魔王とか、『人魚姫』の時代背景を考えぇや」
「人魚姫が泡と消えて200年、歴史が分岐して台頭した魔族の王が海に散らばった姫の泡因子をかき集めて蘇生した、という裏設定があるのだが……」
「200年も経っとったんかい! てか魔王、いい人すぎるわ!」
どこが魔王やねん、と叶はごちった。
「ともかく演劇部の練習・即興劇――エチュード『人魚姫・改#16』終了だ」
田中が活動として、意見を語る。
「総評――俺としては、なかなかよかったと考えている。魔王の演技もノッてやれたし。工藤も言ってくれたが、舞台背景しっかり練っていたのがよかった。シナリオ脚本制作担当として、いい経験にもなった」
「僕もノッてやれたのでよかったです。声もしっかり出せたし満足です」
「うちは、不完全燃焼や。人魚姫の声出せん設定、アレのせいでまともにしゃべられへんし。動きで演技するしかなかったし。なにより、まだ設定が甘いとおもう」
「そうか?」田中が残念そうだ。
「そーや」きっぱり言った。
「それになぁ、人魚姫には、もろた足は歩くと激痛が走るちゅう設定の作品もあるんやで?」
「マジか……っ! すまない。俺の原作の読み込みが甘かった……」
田中がショックを受けて膝を折った。
「でも田中さん。錬金術の等価交換は当然ですし、常識的には正しいと思います」
「錬金術やあらへんよ? ……あと、童話や昔話に常識的は、ちゃうんやない?」
「勉強不足だった。反省する。俺、書店で人魚姫買って帰るわ」
「やめとき! 高校生男子が書店で人魚姫の絵本買うて、その場面がキツイわ! うちが今度貸したるから!」
「じゃあ、今日の演劇部の活動はこれで終了。――お疲れさまでした!」
「お疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
田中が今日の活動終了を報じた。
「じゃあ俺、練習場所に借りた教室の鍵を返して帰るから、職員室に行くわ。カナエと工藤はどうする?」
「んー。ヒマやし、待っといたるわ」
「おう。じゃ、いつもんとこで」
「僕は塾あるので、お先に失礼します」
「おう、じゃあな。気をつけて帰れ」
「工藤くん、ほななぁ」
田中は職員室へ。
その場には、夢野叶が残った。
「夢野先輩」
「ん? 工藤くん帰るんやなかったん?」
「いえ、ちょっとだけ、夢野先輩に聞きたいことが?」
「なになに? 告白か? 残念やけど、うち付き合うとかできへんよ? べつにカレシや好きなヤツがおるわけやないねんけど……って、なに言わすねん!」
「ひとりノリツッコミ……さすがです。けど、そうじゃなくてですね?」
「なんやの?」
「今日の『人魚姫』よかったと思うんです」
「ん?」
「でも毎回、夢野先輩、『人魚姫』のときは総評がきびしめだと思うんです」
「ああ、そのこと?」
「はい。田中さんも舞台設定かなり練っていたし、みんな良い演技していたと思うんです」
「いや、それは……そうなんやけど……」
「夢野先輩は声出せないからと言われていましたけど、動きだけ表情だけで演技するのも、練習になりますし、マイナス評価じゃないと思うんです」
「……せやけど、なぁ……」
「だから、『人魚姫』だけ低評価なのは、理由があるのかな、って」
工藤はただ疑問を聞いた。
叶は黙っていたが、ぽつぽつとしゃべり始めた。
「だって、高評価にしたら……」
赤い顔をして。
「もう、カナタがやってくれへんかもしれんやん? 『人魚姫』のハッピーエンド」
――彼女には、その作品に思い出があった。
「へ?」
「せやから、うちはまだ『人魚姫』に納得いってないだけや! はいっ! 以上! 説明終了! とっとと塾へおいき!」
「えっと、はい。了解です。すみません。ありがとうございました?」
空気の察した後輩は、そこそこの理解力を発揮した。