『転生・人魚姫』
「我が手下の科学者よ。これで蘇生は完了か?」
「はい。魔王様。そのとおりにございます」
かしずく白衣をまとった男が、恭しく申し上げた。
黒き衣を纏いし男が、嗤う。
「フハハハハ! ようやく、ようやくだ! 悲願が、叶うぞ!」
「お喜びくださり、誠に光栄にございます。魔王様」
「さあ、甦るのだ! ――人魚姫よ!!」
魔王と呼ばれた男は両腕を仰々しくかかげる。
その言葉に応えるように、少女が起き上がる。
困ったようにまわりを見渡す。
「フ。おのれの状態がわからず混乱しているようだな。おい、まずはそのままでは寒いだろう。これを使うがいい」
纏っていた黒い衣を起きた少女の肩にかける。
「……ぁの、」
「ん? なんだ、しゃべれないのか? おい、科学者よ、これはどういうことだ?」
「これは、恐らく呪いの類かと思われます。泡より蘇生する依然から強力な呪い……魔術的契約を交わしていたのでしょう。その影響かと考えます」
「そうか。それは仕方がないな」
「…………」
不満がありそうな顔で少女はなにも言えなくなった。
「ところで科学者よ。人魚姫というわりに、やはり普通の足だな」
「……っ! ……っ!!」
自身の素足を凝視する男に文句を言いたいような顔だった。男は気にしていない。
「はい。おそらくその、足こそが契約の対価かと。泡から蘇生する際も、足から蘇生されました。この足には相当なエネルギー・リソースが注ぎ込まれております」
「…………」
足から蘇生とかなんかイヤやわ、というような呆れた顔だった。
難産の逆子かっ、とツッコミするべきか迷うような顔でもあった。
「おい、人魚姫よ。キサマ、ちゃんと言葉は通じているのか?」
「……コクン」
彼女は頷いた。
「突然の事態に驚いたことかと思う。非礼を詫びよう」
「…………」
「まずは自己紹介からだ。――我は魔王! この世界の半分を支配し、いずれすべてを手に入れる者だ!」
「ちなみに世界のあと半分は人間族の領地です」
白衣の男が補足説明した。
「キサマを蘇生したのには、深い理由がある。――キサマが、かわいそうだったからだ!」
「…………魔王様はお人好しなんです」
もうちょっと威厳が欲しいところですけれど、と白衣の男がこぼした。
「うるさいぞ」
「すみません。――でも支配している世界の半分のことも考えてくださいよ。給与据え置きで週休3日制を導入したから、生産性だだ下がりじゃないですか」
「その分、効率は上がったであろう。我が配下には、心身ともに健やかで、自由で、満足のゆく人生をまっとうしてもらわねばならぬ!」
「じゃあ増税しましょう。増税。――財力はすべてを解決します」
「ばっかもん! 国とは人なのだ、と、かの有名な国王も言っていたであろう! 民を苦しめてなんとするか!」
「予算が心許ないんですよ! 人魚姫の蘇生も、結構な費用をつぎ込みましたし!!」
「それはごめん!」素直に謝る。
「いいですけど!」許した。
おいてけぼりの彼女は笑いをこらえるのに必死だった。
「ごほん」
咳払い。
「すまない。話がそれたな」
「……」
いいえ、彼女は頭を横に振って否定した。
「そんなわけで、キサマを我は蘇生した。――そこでキサマには我が配下に……軍門に下ってもらいたい!」
「…………」
先の会話を聞いて、幸せになる未来しか見えなかった……。
茫然としていて、言葉のない少女。(少女に言葉は元からないのだが)
そんな彼女に男は話を続ける。
「すまない。助けた男に振られた失恋の傷も癒えておらぬのに……。就職の話しなぞ、無遠慮であったな。キサマの体感時間では振られた直後なのに」
「……イラ」
コイツ、この魔王、お人好しだが、配慮――デリカシーってものは無いんかい!
と、彼女の苛立ちが顔に出ていたが男は気づかなかった。
「だが、心配するな。キサマの身の振り方、我に考えがある!」
「……?」
男が自信満々に微笑むが、彼女の顔には疑問しかない。
「陸上競技――トラック種目をオススメする!」
男は笑顔で、サムズアップ!
「?!?!?」
うち人魚姫なんやけど、という混乱が彼女を襲う。
「……実は、な。……我はあの場面、かの王子が新たな恋人と結ばれたことを知り、海へ駆けだすキサマを見ていたのだ……」
「…………」
ストーカーか? どこで見ていたんだ? と彼女は怪しむ。
「そこで、我、思った」
男が間を溜めて――発言。
「なんとすばらしい走行フォームだっ! と」
唖然。彼女はそれだった。
「力強い腕振り! バランスのよい体幹! バネのようにしなる脚! 流れる滴! 大きめのストライド! それらすべてが美しい!」
「/// ///」
美しいと言われて彼女は照れた。
「まるで競走馬のようだった!」
「…………」
彼女は無表情になった。
「おそらく海での生活で鍛え上げられた筋力が、あの走行を可能としたのであろう」
魔王がひとり納得する。
「はい。それに自身の声――声帯を対価に得た脚。それも、美声の歌姫と世に知れ渡っていた人魚姫の声帯と交換された脚です。ただの脚のはずがないでしょう。先も言いましたが魔術的なリソースも大半はその脚に集中しています。まあ当然でしょう」
白衣の男がまじめに補足した。
「スポーツ系の学園への推薦状を、我自ら執筆してやろう! よい環境はよい選手を育む! 的確な指導者も、頼りになる仲間も、力を競い合うライバルも、すべてがそこにあるだろう。男に振られたことなんぞ、別の青春で塗り潰してやればいいのだ!」
「人魚姫様、あなたならばすぐにトップアスリートと肩を並べられることでしょう。年に一度、人間族の領地との交流・対抗大会も開催されております。ぜひ振るってご参加ください」
「フム。キサマの力であれば、表彰台――いや、努力次第では優勝さえ狙えると、我は期待をしておる!」
「…………」
「無論、強制はしない! だが、キサマ、何も果たせず無念のうちに泡へと消え去ってしまった自分の力、そして思い。――いま一度、試してみたくはないか?」
男はゆっくりと、てのひらを差し出した。
彼女がその手を掴んだ。
「ふう」一息ついた。
『魔王』から『素』に戻った彼、田中彼方が少女に訊ねる。
ドヤ顔で。
「どうだ?」
「却下や。てか、なぜこれでええと思たんや?!」
『人魚姫』から『素』に戻った彼女、夢野叶が少年に返事した。
キレ顔で。