世界中のハッピーニューイヤー
「ジョージ大叔父さん、ハッピーニューイヤー!」
「ああ、新年おめでとう。コテツ、今年もいい年になるといいな。さあ、遅れたがクリスマスプレゼントだ」
「ありがとう、おじさん。これ、僕のプレゼントです。じゃあ楽しんでください!」
「ありがとうな、また来年だな」
虎徹とジョージはハグをして、来年の再会を誓い別れる。
「スザンナ大叔母さん、ハッピーニューイヤー!」「あら、コテツ!ハッピーニューイヤー!」
「トム大叔父さん、新年おめでとう!」「おめでとう、コテツ!」
虎徹はジョージの隣にいる奥さんのスザンナにも新年の挨拶をし、隣のジョージの弟のトムとも挨拶をする。
トムと冗談を交わし合い別れた後、虎徹は後ろをみる。
スザンナは虎徹の後ろにいたナーと挨拶をしていて、ジョージはさらにその後ろにいたジェと笑い合っている。
そしてその列は延々とどこまでも続いている。
トムの隣には曾々々々々々々祖父さんにあたるアブーがいる。256歳になったはずで、とても精力的な料理人だ。今日の料理を手配してくれたのも彼だ。彼とその息子や孫たちが、この日のために一月がかりで準備してくれたのだ。
「アブーおじいさん、ハッピーニューイヤー!」
「おお、虎徹。ハッピーニューイヤー!今年もいい新年の会になってよかったよ」
「アブーおじいさんのおかげだよ。イスマイルにもウマルにもカシムにもサイードにもあとでお礼を言わないと。まだこれから1週間あるから、よろしくお願いしますね」
「もちろんだ。一年のお祝いだものな。そういえばガーダにはあったか?あいつ、お前に紹介したい女性がいると言っていたんだが」
「ああ、おじいさん、それってお見合いってことですか?実は僕、彼女ができたんです」
「なんだと!それはめでたい。一体誰だ?」
「コンスエロって言うんですけど」
「コンスエロ?ダフネの娘か?違う?クリシュナの娘?ペテロの孫でフィンのひ孫か。ああ、ではウルファの玄孫か。違う?なに、ゴンザレス曾々々祖父さんの家系だと?うーむ。となると毎年アレス・コンレチェを振舞ってくれる一族だな。わかった、ベンとクリシュナの子だな、ミゲロの孫の。イベリア半島の会場でいつも出会う、黒髪の可愛い子だ。おめでとう、いい子を捕まえたな!」
「ありがとう、おじいさん。また進展があったらご報告します!」
「うむ、その時には盛大に祝わせてもらうよ。ではまた、良い年を!」
「良いお年を!」
アブー曾々々々々々々祖父さんと別れた虎徹はさらに延々と続く長い新年の挨拶の列を進んでいく。
アメリカ、ニューヨーク州マンハッタンには10万人規模の会場が20作られ、人々は1週間かけて全ての会場をめぐる。
そしてニューヨークに住む親戚全員と新年の挨拶を済ませると、順々にアメリカに作られた新年の会場を横断してゆくのだ。そしてその会場は海を越え、オーストラリア、中国、ロシアと世界を一周する。
虎徹が住むこの時代、科学技術の進歩によって人間の寿命は1000年を超えようとしていた。医学の進歩によって病気や怪我での死亡率も下がり、人類の平均寿命は四百歳を超えている。
そしてファースト・ワン・ハンドレッドと呼ばれる1000歳を超える、初めて延命手術によって神話レベルの寿命を手に入れた、世界中に散らばる長老たちを中心に、地球上80億人全員が、一つの親戚になっていた。
AIによってコントロールされたマシンによって、農業生産物、工業製品、エネルギーは自動制御で生産される。働く必要もなく、周り全員が今生きている誰かしらのつながりである状況になった人類の最大の仕事。
それが新年の親戚への挨拶回りだ。
この挨拶回りのために、世界のカレンダーはグリニッジをスタートに12分割され、地域ごとに1ヶ月ずらして1月が始まるようになっている。
これはF100(ファースト・ワン・ハンドレッド)が、自分たちへの新年の挨拶を、あいつより優先したな、と腹を立てるのを防ぐ目的だった。
世界中で年末年始がずれていれば、みんなその時新年を迎える地域に集まって挨拶をすることができる。
虎徹は今年9回目の新年の挨拶をワシントンで済ませ、プライベートドローンで移動していた。
今年もまだあと200回以上は新年の挨拶をしなければならない。80億人全員に挨拶することはとんでもなく大変だが、とんでもなく幸せなことだ。
このドローンも忠輝大々々々伯父さんのプレゼントだし、服も食事も、今住んでいる家も全て親戚のプレゼントだ。
政府も税金も実質的に家族経営みたいなもんだから、全ての公共交通機関が無料だし、管理者も全員親戚だから誰も街を汚さない。
犯罪なんて存在しようがない。何しろ悪戯が見つかればすぐめちゃくちゃ大人数の親戚がしかりにやってくる。盗みにはいっても、そこも必ず自分の家族なのだからやろうと最初から思わない。
それに誕生日やクリスマス、新年、入学祝い、進学祝い、何かの賞だったり、そういうこと全てで全世界の親戚からいちいち贈り物をもらえるんだから、そもそも何かに困ることがない。
虎徹はそんな中で、父の後を継いで世界の新年会の準備をする仕事をしている。
はっきりいえば、世界中の1割の人間がその仕事をしている。何しろ地上のどこかでは必ず大人数の集まったハッピーニューイヤーアンドクリスマスパーティーが行われているんだから。
ドローンが森の上空に入り、着陸地点に近づいた報告をする。
着陸確認をAIに許可し、静かにドローンが森の中に開けた土地に降りてゆく。
ここは虎徹の曾々々々々々々々々々々々々祖父さん、ヤンが一人で暮らしている場所だ。
柵に囲まれた広い農場に馬が気ままに草を喰んでいる。まだ寒いが、すでに草が芽吹き始めた季節。空気が澄み、森の匂いに満ちている。足元の草を踏みしめながら、ヤンが500年前に自分で立てたロッジに向かう。
「やあ、虎徹。今年も一年たったのか。まあ、入ってくれ」
テラスでロッキングチェアに腰を下ろし、牧場を眺めていたヤンが虎徹に気づいて手を振る。
ヤンはここで、他人との関わりを断つことを選んだ人だ。
以前は奥さんと二人で暮らしていたが、奥さんは100年前に土地を離れ、今は虎徹の暮らす日本で農業をしている。
ヤンを一人にしてしまうことを気にした奥さんが父に相談し、ヤンと話して、新年の挨拶だけは毎年しよう、と取り決めをしたのだ。
それに、ヤンの方から人に会いたければ、ちょっと街へ出れば全員が親戚だ。
しぼりたてのミルクを温めてもらい、テラスのロッキングチェアにヤンと並んで腰を下ろす。
ヤンの兄弟や父、祖父、祖母、曽祖父、曽祖母、さらにそのほかF100に至るまでのヤンの直接の血の繋がりがある人物や、奥さん側の親戚、さらに兄弟の子や孫、ひ孫、玄孫以下延々と連なる親戚たちからの、ヤンへの新年の挨拶とプレゼントについて話をする。
そしてヤンはいつも、静かな目をして牧場と森の先の山並みをみつめながら黙って聴いている。
ヤンがなぜ、こうやって一人になることを選んだのかはわからないが、それでも虎徹は、こうやって彼と家族をつなぐ仕事ができているのがうれしかった。
虎徹は自分に託された伝言を終え、今度はヤンがぽつりぽつりと語る、去年一年牧場であった話に耳を傾ける。
ゆっくりと時間が流れ、暖かいミルクが体に優しく染み込んでいく。
虎徹は、もしかしたらこの時間が一年で一番好きかもしれないと思う。
家族に囲まれた賑やかな新年ももちろん素敵だが、ゆっくりとした、ヤンを通して自分を見つめ直すこの静かな時間が。
今のこの世界では、誰も本当の意味で一人きりになることはない。いつでもどこでも家族に囲まれ、お互いに世話を焼き世話を焼かれる。
でも、当たり前になりすぎると家族のありがたさを忘れてしまう。
ヤンがいることで他の全員が、一人でいるヤンについて思いをめぐらし気にかけることができる。そして改めて、身の回りにいる自分の家族に感謝をすることげできるのではないだろうか。
ヤンがどういう思いなのか本当にはわからないが、彼がいることに、僕たち全員は感謝している。
『どんな生き方をしていても、あなたはこの世界の大切な家族の一人だ』と、虎徹は思う。
挨拶を済ませ、ドローンに乗り込んだ虎徹を、ヤンはいつまでも手を振って見送ってくれた。
さあ、次の会場に向かおう。
ふと、虎徹は考えた。
かつて、この世界には戦争があった。かつて、この世界には犯罪があった。
でも、今と違って30世代前のおじいさんが生きてはいないとはいえ、世界中の人間がどこかで繋がり、親戚であったことは変わりがないのではないだろうか?
一体なぜ、家族同士で傷つけあうようなそんなバカな真似ができたのか?
と、疑問に思いながらも、ヤンのところで少し感傷的になりすぎたかな、と頭を振って考えを追い払い、次の500万人の親戚の集うカリフォルニアの会場に虎徹は思いを向けた。
さあ、僕のひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひい祖父さんとひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひい祖母さんから脈々とつながる親戚たちは、みんな元気にやっているだろうか。
全ての家族に、ハッピーニューイヤーを伝えないと!