吸血鬼になった日
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
「先輩のおかげで上達してきた気がします」
「まだまだだよ」
そういって笑いかける。部活後、一緒に居残り練習をしていた後輩との何気ない会話。いつもの何気ない風景。
「じゃあまた明日ね」
「はい」
「朝練遅刻しないようにね」
「はい…気を付けます」
少し自信なさそうに言う後輩の姿に少し頬が緩む。
「女子は明日は朝練なしですか?」
「そうだよ」
「いいなぁ~」
「男子の人数が多いせいで譲ってやってるんだから文句言わない」
帰ろうと思ったのにまた話し始めてしまいそうになる。
「じゃあまたね」
「はい、暗いので気を付けて」
「はいはい」
いつも言ってくるので心配性だなと思いつつも、少しうれしい。
(さあ急がないとな)
あたりが暗くなっているので少し小走りで家へと向かう。
(明日はどんな練習をさせようかな)
さっきはまだまだといったが実際後輩はうまくなってる。もう少ししたら私が教えられることなんてなくなってしまうかもしれない。
そんなことを考えながら走っていたせいだろうか。
すこし注意力がかけていたのかもしれない。比較的近くから聞こえる高い摩擦音とゴムの焼けるにおいを感じて視線を移す。大型トラックが目前にまで迫っていた。
私の体はトラックにはねられ宙を舞う。
(人間ってこんなに飛ぶんだな)
そんなことを思った。頭から道路に叩きつけられる。
(あたし死ぬのかな)
体の中から向けていく熱を感じながらそんなことを思った。
(もっと教えたいこといっぱいあったんだけどな…)
さっきまで一緒にいた後輩の顔が頭に浮かんだ。
(気を付けてって言ってたのにな…)
合わせる顔がない。いや、本当にもう会うことはないのかもしれない。
(ごめんね)
彼に心の中で謝りながら目を閉じようとする。その時目の端に少女の姿をとらえた。
(女の子?)
こんな時間に?部活が終わった後に居残り練習もしたのだからかなり遅い時間だったはずだ。そんな時間に少女が一人で歩いている。しかも周りの人間はみんな私を見ているのに彼女だけはこちらを気にしたそぶりもない。少女がこちらを向く。次の瞬間には私の目の前にいた。
「わしが見えるのか…面白いな…」
その声と同時に私の意識は途切れた。
私は病室で目を開けた。事故にあった後、私は病院に運ばれたのだろう。体を起こす。
(あれ、思ったよりも痛くない)
結構な事故にあったはずなのに体に痛みはなく。巻かれた包帯の下には傷があるのかさえ怪しい。体を起こすと近くには親からの置手紙と後輩からの置手紙があった。
(申し訳ないなぁ…なんて謝ろう)
事故にあってしまったのは完全に私の不注意のせいだ。そんなことを考えていると近くから声がした。
「目が覚めたのか、まあ当然じゃな」
聞いたことがない声。
「いや聞いたことがあるはずじゃ」
ああそうか事故にあって意識が途切れる前に聞いた声か。
「そうじゃ」
ん、さっきから私声に出してるっけ。
「出しておらん。わしが心を読んでおるだけじゃ」
なるほどね…....................え。
「あのあなた誰ですか?」
「声も出るようじゃな。何よりじゃ」
「あの…」
「わかったわかった。わしは……」
少し考えこんで少女は答える。
「吸血鬼とでも名乗っておこうかのう」
「絶対今考えましたよね」
「そんなことない」
「え~、まあいいや、その吸血鬼さんが私になんの用ですか?」
「なんの用とは失礼な奴じゃな。誰のおかげで今生きていると思って居る」
「病院と救急車を呼んでくれた人のおかげ」
「そんなもんであの事故から生還できるわけがなかろう」
事故のことを思い出す。確かにあのまま死ぬと思ったんだよな。
「そうじゃろうて、わしに感謝するがよい」
「てかさっきさらっと心を読んでるって言いませんでした?」
今の言葉も声には出してないはずなのに返答があった。
「まあ吸血鬼じゃからな。そのくらいできる」
「そうですか…」
マジで吸血鬼なんていたんだなぁ。思っていたより小さいけど。
「吸血鬼になった時から成長が止まっておるのだ」
なるほどねぇ。でもさらっと心読むのやめてほしいなぁ。
「わかったやめよう」
「あ、ありがとうございます」
「まあ心を読むのも少し疲れるしな」
「でも吸血鬼は心を読めるなんて初めて知りました」
吸血鬼は心を読める。このことを初めて知った人間なのではなかろうか。
「いや、熟練した吸血鬼だけじゃな」
「それに…」と言葉を続ける。
「おぬしももう人間ではない。吸血鬼じゃ」
ああやっぱりか。さっきの話から何となく予想はしてた。それでも信じたくなくて吸血鬼ならば心を読めるという事実にすがろうとしたんだ。
「あんまり驚いてなさそうじゃな」
「まあ、そうですね。ところでいくつか質問していいですか?」
「うむ」
「えっと、ガッツリ病室のカーテン開いてても大丈夫なんですか?」
「問題ないな、そもそも吸血鬼は日光に弱いなどというのは人間が勝手に決めたことじゃ、まあ、ほかの吸血鬼なんてわしを吸血鬼にしたあの女しか知らんがな」
少し恨めしそうに言う。
「あの…吸血鬼から人間に戻る方法はあるんですか?」
「あるにはあるが死ぬぞ」
「死ぬ…」
「おぬしは今吸血鬼となったから生きているだけで人間の体に戻れば当然死ぬ」
「そうですか…でも死ねるんですね」
永遠の時を生きなければならないなんてことにはならなくてよかった。
「あの…血を吸わないといけないんですよね?」
バカな質問だとは思ったが一応聞いておく。
「いや、吸わなくても生きていけるぞ」
「え」
ならばどのあたりが吸血鬼なのだろうか。
「血を吸わなくても死ぬことはないし、今のお前の体は、ほぼ人間と変わらん。わしのように心を読むことなどの力を使うこともできんだろ」
「もはや吸血鬼とは言えないですね」
「ああ…」
「あの、ほかに注意事項とかありませんか?あと死ねるって言ってましたけど、どうやったら死ねるんですか?」
「質問が多いのう…」
少しけだるげに少女が言う。
「まあまずその話をする前に少し昔話をしようかの。
まあ、このように吸血鬼になるのは呪いじゃ。昔いた女の怨念によって生まれた呪い。愛した男に愛されず、愛されるまで死ねないと醜く生にしがみついた女のな。この呪いは移せる。人間は限られるがの。女のみ、しかもほんの一握りの女だけじゃ。わしがおぬしにこの呪いを移せると思ったのはわしの姿が見えたからじゃ。あの時わしの姿に気づいた人間はいなかったじゃろう?わしの姿が見える人間は素質があることがわかっていたからな。勝手に吸血鬼にしたのは少し申し訳なく思っておる」
今こうして生きられているのだから文句などない。
「全然大丈夫です。むしろ感謝しているくらいです」
「そうか…まあさっきも言った通り今のお前は人間とそう変わらん。今まで通りの生活を基本的には遅れるじゃろう」
「そうですか…」
本当にいいことづくめじゃないか。今日痛みをほぼ感じないのからして、傷の治りも早いのだろう。マジで吸血鬼になれてよかった。吸血鬼と呼んでいいのかわからんが。
「いや、吸血鬼じゃ…確かに血を吸わずとも死ぬことはないが…」
少し言いよどんでからいう。
「性欲がたまる。どうにもならんほどな」
「は?」
「だから性欲がたまるんじゃ。それも自慰行為でもどうにもならんほどな。さっきも言ったとおりこれは愛されなかった女の怨念から生まれた呪いじゃからな」
「性欲がたまって問題あるんですか?」
「理性を失う」
なるほど。なかなか厄介じゃないか。吸血しなくてもいいが吸血しないと、理性を失うか。
「最後に言っておこうかの。死ぬ方法じゃが…」
犬歯を少し出しながら笑みを見せる少女が言う。
ああ少し吸血鬼っぽいな。
「男とキスすれば死ぬ」
???????
「さっきも言ったとおりこれは愛されなかった女の呪いじゃからな。キスなんてすれば呪いが解けて死ぬ」
性欲がたまる上にキスはダメ。やはり呪いは呪いか。厄介なことこの上ない。
「じゃあ説明は以上じゃ。さらば」
目の前から少女が消えた。まだ聞きたいことはあったのに。
次の日には病院を退院できた。医者が驚異的な回復力というので苦笑いしておく。吸血鬼になったなんて言うわけにもいかない。
さらにその次の日には学校に通えるようになった。たかが2日程度休んだだけだったのでそんなに問題もなかった。放課後になり部活へと向かう。
「先輩大丈夫ですか?」
「ああ大丈夫大丈夫」
「でもかなり大きめの事故にあったって聞きましたよ」
「まあもう大丈夫だから」
そういって会話を終わらせ、部室に向かう。もっと話したくはあった。だがあまり異性と話しすぎると性欲がたまってしまう。そのため並べく会話は避けていく。
女子のみの部活でよかったとそう思った。
部活の時に隣でやっている男子を見ては少し欲求不満になりかけるので困る。
普段と変わらない生活と言っていたがとてもおくれそうにない。
何とか耐えきり部活が終わった。
「先輩今日は帰りますか?」
あちらも部活が終わったのか後輩が聞いてくる。
「うん」
「じゃあ俺も帰ります。少し待っててください」
「え、一人で帰るよ」
「轢かれた人が何言ってんすか。先輩とおんなじ方向なの俺だけなんですから」
そういって部室へと向かい準備を素早く帰ってくる。
「お待たせしました」
「あ、うん」
(優しくしないでほしい)
そう言葉に出すことはできなかった。
その後も後輩とのかかわりは消えなかった。当初の予定ではかかわりを断つことで性欲を抑えようと思っていたのだが、後輩は私をはなしてはくれなかった。
そのままなんだかんだで耐え続け、数か月がたった。
最後の大会も終わり、私は引退だ。もう後輩とのかかわりも少なくなる。そう思うと少し安心してくるが寂しくもある。そんな中後輩と花火大会に行くことになった。
「最後だしね…」
鏡の前に立ち自分の浴衣姿を確認する。これで最後なのだから少しくらい羽を伸ばしてもいいだろう。
彼との約束の時間に遅れないように待ち合わせ場所へと向かう。
「先輩ちゃんと来てくれたんですね」
「まあね」
「浴衣すごい似合ってます」
「ありがとう」
理性が飛びそうだ。わかっていたのだ。後輩がこういう風に言ってくれるであろうことは。それによって性欲が刺激されてしまうことも。それでも着てきたのだ。今日一日の我慢だ。
「じゃあ行きましょうか」
後輩が手を出してくる。
「生意気…」
「先輩浴衣なんですからおとなしくつかまってください」
(ああ、本当にやさしくしないでほしい)
そう思いながら後輩の手を握った。
しばらく出店を回り、花火が始まった。
河川敷に並んで座り込み花火を見る。
「きれいっすねぇ」
「そうだね」
「あの…先輩」
「なに?」
「…部活お疲れさまでした」
「ありがとう」
「先輩…」
「なに?」
「俺と付き合ってください」
花火に照らされた彼の顔は少し赤らんでいた。
「ごめん…」
そういって腰を上げ、逃げるように河川敷を出て、近くの茂みに入っていく。
距離を取らなくては。理性が飛んでしまう。嬉しかった。幸せだった。でも…
彼の気持ちにこたえてはいけない。
涙があふれた。
好きだった。大好きだった。先輩と彼が呼ぶたび気持ちが高鳴った。
「先輩…」
私が大好きだった彼が遅れてやってくる。心配してついてきたのか。
「突然あんなこと言ってすみませんでした。でも先輩に知ってほしかったんです」
彼が言葉を続ける。
「でももうあんなこと言いませんから…だから…今後も時間がある時は練習付き合ってください」
彼は笑いながら言った。ふられてつらいのは自分なはずなのに。
「ちがうの…」
ぽつりと口から洩れた。
「本当に嬉しかったの…」
嘘じゃない。
「でも答えられない」
彼には伝えよう。真実を。
近くにあったとがった木の棒で自分の腕を刺す。
「!、先輩?!」
彼が驚いて駆け寄ってくる。
「見てて」
血が出る腕を彼に見せる。傷は一瞬でふさがった。
「私吸血鬼なの…」
「......」
「今まで黙っててごめんね」
「......」
「でもこれが答えられない理由」
「そうですか…」
「うん…」
「先輩…」
「なに?」
「俺と付き合ってください」
「え」
「俺は先輩が吸血鬼だろうが気にしません。俺は先輩が好きなんです。俺のことが嫌いで断ったんじゃないなら、もう一回考えてもらえませんか?」
涙があふれる。彼の言葉にこたえられない。声が出なくて嗚咽がこぼれる。こんなに嬉しいことなんてない。こんな化け物を好きだといてくれたのだ。もういい。たとえ彼と付き合って死んでしまっても。
そう思った瞬間意識が途切れた。
目が覚めた時、あたりは暗くなっていた。近くを見まわして自身の状況確認をする。そして気づく。
そこには彼が倒れていた。首にかまれた跡がついた状態で。
彼のそばに駆け寄り声をかける。
返事はない。
彼の頬に触れる。
温かみはない。
彼は死んでいた。私の手によって。
私が彼を殺したのだ。首を見ればわかる。
理性が飛んだのだろう。そして彼を殺した。
今度は涙は出なかった。
彼の顔を軽くぬぐってやる。
そして彼と唇を重ねた。
稚拙な文章かと思いますが感想いただけたら嬉しいです