平凡には届かない
『耳で聴きたい物語』コンテスト参加作品です。
人間はみんな平等だ、なんて言葉は嘘っぱちだ。
どこの国のどんな家に生まれたかで、経済的な背景がまず違う。
紛争中の国で家もなくたくさんの兄弟の1人として生まれて日々の食事にだって事欠くような子供もいれば、平和な国の裕福な家に一人っ子として生まれて両親の愛に包まれ欲しいものは何でも買ってもらえるような子供もいる。
丈夫でろくに風邪もひかない子もいれば、アレルギー体質で食べられないものだらけな子もいる。
体格だって、色々だ。
ボンキュッボンな人もいれば、私みたいに貧相なのもいる。
日本の、それなりの中流家庭に長女として生まれ、何不自由なく育ってきて、勉強も体育も平均的で、名字も「佐藤」と、平凡を絵に描いたような私だけど、たったひとつ平均より大きく劣るのが体格だ。
胸が小さいとか太りやすいとかだったら、まだいい。それは平均的な悩みだ。
私は、全体的に小さい。身長134センチ。高校3年だっていうのに、下手をすると小学生より低い。ちなみに、17歳の平均身長は157.8だそうだ。私は18なのに全然足りない。私服で歩けば、バスも電車も子供料金で乗れるだろう。ていうか、高1の時、映画を見に行こうとバスに乗ったら、運転手に子供料金扱いされそうになって慌てたという悲しい事実がある。黒歴史だ。
本当に、小さな頃から小さくて、幼稚園以来、クラスで一番小さい子の座を逃れられたためしがない。列を作れば一番前。一度でいいから前ならえで手を伸ばしてみたかった。
小学校低学年までは、小さいながらも常識の範囲内だった。高学年になって、周りがどんどん大きくなっていく中、私だけちっとも背が伸びなかった。
しまいには、6年の頃には、弟の護に身長で抜かれた。3つも下なのに。知らない人からは、兄と妹と思われる。
中学校に入る時は大変だった。注文票に、サイズの合う制服がない。結局、お父さんが直接業者に連絡を取って、注文票に載っていない最小サイズの制服を注文してくれた。それでもぶかぶかだったんだから、もう笑うしかない。
中学3年間。ぶかぶかの制服を着て通い、ぶかぶかの体操着で体育の授業に出た。プールの授業がなかったのは、ありがたかった。スクール水着なんて、下手したら泳いでる間に脱げかねない。
第二次性徴がくれば成長するのではという淡い期待はあっさり裏切られ、幼児体型から抜け出せなかった。胸も少しだけふっくらしたけれど、ブラを着ける必要があるのか悩むほどにささやかで、手のひらにすっぽり収まる状態から一向に抜け出す気配がなくて、とっくに希望は捨てた。
結局、18の今に至るまで、AAのジュニアブラを着けている。
人間が平等だなんて、あり得ないんだ。
同じ両親から生まれて、同じものを食べて育ってきたのに、どうして私と護とでこんなに発育が違うんだろう?
護は、中学に入ると、「お姉ちゃん」ではなく「ちずる」って、名前で呼んでくるようになった。生意気な。
小さな頃は「お姉ちゃん、お姉ちゃん」って後ろをくっついてきてかわいかったのに。幼稚園の時は、「ぼく、お姉ちゃんと結婚するの」なんて言ってたのに。
それが、「ちずる、こんな時間に1人でコンビニ行くなよ。ついてってやるから、ちょっと待ってろ」だなんて! 6時半くらい、高校生なら普通に歩いてるでしょ!
いくら見た目が小さいからって、私は18歳よ? 手なんかつながなくても迷子になったりしないし、誘拐されるほどボーッとしてもいないわよ。
そりゃ、中学生になって「お姉ちゃんと結婚」なんて言ってるようじゃ困るけど、保護者気取りはないんじゃないの? 弟のくせに! あのかわいかった護はどこ行っちゃったのよ。
中3のくせに175もあるし、声はお父さんみたいに低くなってるし、ちゃんと成長しててうらやましい。
どうして同じような生活してるのに、同じように育たなかったんだろう。
やっぱり世の中不公平だ。
私の成績は、平均の範囲内だ。人並みに予習復習も試験勉強もしているし、素直にそれが結果に反映されていて、そこは満足している。
こういうのは、ちゃんと努力が報われるんだけど、背を伸ばしたいと思ってした努力はどれも報われなかった。
大嫌いな牛乳も、背を伸ばすためだって、我慢して飲んできたのに、高校3年間で1センチだって伸びてない。
わかってる。平均なんてものは、机の上の話でしかない。
人には向き不向きってものがあって、同じようにしても同じ結果が得られるとは限らない。
私と同じくらい勉強したって、平均点を取れない人だっているだろう。
結局、人間は平等じゃないんだ。
わかってはいるけど、もう少し背が伸びてほしい。
卒業を前に、こんなことを考えてしまうのは、もう少し背が高かったら、離ればなれになる前に告白できるのに、なんて思ってしまうから。
小学生並みの身長でも、私の中身は高校3年生だ。それこそ人並みに恋だってする。
同じクラスの鈴木潮君。中肉中背で、特に勉強ができるわけでも、スポーツが得意なわけでもない。名字だって「鈴木」だし。家がどんなか知らないけど、特にお金持ちってわけでもなさそう。私と違って、身長も体格も平均的。
一緒に図書委員をやって話すようになった人。
私と一緒であんまり社交的じゃないみたいだけど、一緒に図書委員の仕事をしてれば普通にしゃべったりはする。
鈴木君としゃべってると、楽しい。そんな思いが「好き」に変わったのはいつからだっただろう。
私がこんなちんちくりんじゃなければ、とっくに告白していたと思う。
私が告白できなくて悩んでいるのは、護に早々にバレて、「ちずるが告白とか、無理だよ。そんな物好きいるわけないだろ。どうせふられて泣くんだから、やめとけよ」なんて馬鹿にされた。
わかってるわよ、相手にされないことくらい。こんな小学生みたいな女、相手にしてくれる人がいないのくらい、わかってるのよ。制服着てるから中高生ってわかるだけだってことは。
でも、卒業したら、鈴木君に会えなくなっちゃうのよ。
その前に、ちゃんと気持ちを伝えないと、私はどこにも進めなくなっちゃうもの。
泣くことになってもいいの。初恋がうまくいかないのは、よくある話よ。それでも。
卒業式の日、鈴木君を図書室に呼び出した。
「あの、あのね、私、鈴木君が好きなの。これでお別れにしたくないの。私と、付き合って、ください」
必死の思いで、言葉にした。顔が熱い。脇にじんわり汗をかいてるのがわかる。
びっくりした鈴木君の顔が、優しい微笑みに変わった。返ってきた答えは、まさかのイエス!
その後、心臓が飛び出てくるんじゃないかってくらい暴れてた。
人間が平等なんて、嘘だ。
平均なんて、あてにならない。
だって、私を好きになってくれる物好きもいるんだもの。
私は今、世界で一番幸せな女の子だ。
主人公の名前「佐藤ちずる」は、普通なら「千鶴」となるところですが、これだと読みは「ちづる」となります。
なんで「ず」なのか? コンVじゃないですよ。
1984年にS&Bが発売していた「鈴木くん」「佐藤くん」というスナック菓子がありまして、これのCMで「塩味の鈴木です」「チーズ味の佐藤です」という自己紹介をしていたのですね。
で。
鈴木しお→うしお
佐藤ちーず→ちずる
という具合にしてみました。
だから、「ちずる」なのです。