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ドロシーパーカーのバラッドを聴きながら

作者: 波多野道真

人はこうやって色んなことを忘れていくんだな。

長いことネットを回遊していると、突然その人からの発信が途絶えてしまって、今どうしてるんだろうって思う事がある。


ここ数年でいなくなった人は殺されてしまった。ネット上の諍いが現実になってしまったらしい。それを知った時は唖然として言葉にならなかった。

どうして、ネット上の言い合いや議論を現実に自分が侮辱されたなんて思うんだろう。思ったとしても、殺しになんていかないよ。絶対この人おかしい。

最低だ、あの人の視点が好きだったのに。

まだたまにその人のサイトに行ったりして、ボンヤリと遡って読んでみたりする。



そういう人は何人かいて、もう大昔から追っていたというか、折々に触れて気になる人があちこちにいる。その中でも名前がどんどん変わってもその人だとわかる発信の仕方をしていたから、ああまだ元気にしてるんだな、って嬉しくなる人がいた。

頭が良くて博識で、病弱なのにすごく頑張ってて、奔放に生きていた人。

彼女が書くことの全てが本当かどうかなんてわからないけれど、一人の人間の生きざまというか、人生を見せてもらっているような文章は、読んでいてピカレスクロマンを彷彿とさせた。

色んな好きな男と寝て、産みたいときに産んで、でも自分でちゃんと育てて。

こういう女性と寝た男は、とても良い体験をしているって気付いているだろうか。


そんな人があれだけ中毒のように、あちこちにブログや文章を書き散らしていたのに、パタッとそれが無くなった時があった。

何度も彼女の痕跡を探した。

どこかに書いていないかと。

でも、見つからなかった。


彼女は精神を病んでいた。それを隠すこともしていなかった。とても繊細だったからだと思う。それは文章からも窺い知ることができた。

数年探して見つからず、更新もされていない数々の文章を見て思った。

多分彼女はもう、この世にはいない。

頑張りすぎて、精一杯やって、夢を叶えたと思ったのに、きっと耐えられない現実にぶち当たったんだ。

ぷつりと糸が切れた時に、それを繋ぎ直してくれる存在がいなければ、人は結構あっけなく死ぬ。彼女にとって、思春期に入った子供たちは繋ぎ直す存在にはならなかったのだ、多分。

それを何度も彼女の文章の端々から感じて、もう彼女の事を検索するのは止めようと思った。会ったこともない人間が、こんなことを勝手に思っている時点で冒涜しているようなものだろうから。


なのにふと、久しぶりの彼女のことを思い出して、ネットを検索しようとした。検索をするのを止めよう、と思ってからもうずいぶん経つのに。

おそらく彼女の子供たちはもう成人しているはずだ。

けれど一番最新の――といってももう十年近く前の――ネット上での彼女の名前を思い出せない。

一番古いハンドルネームは覚えているのに。

人はこうやって色んなことを忘れていくんだな。

確かにそういうものだ。もう昔の職場の人の名前も顔も忘れてる。



どうして彼女を知ったんだっけ。

思い出してみたら、そうだ、好きなミュージシャンの事を調べていて、ファンが書いたブログとかを漁っていた時期があった。あの時に、彼女の文章を読んでいい文章を書く人だな、って思ったんだった。

ねえ、未発表曲がたくさん入ってリマスターされたスーパーデラックスエディションっていうのが出たんだよ。

それよりももう向こうであの人と直接話したりライブ見たりしてるのかな。

あなたの書いた感想が読みたかった。

あなたがどうこれを聴くのか、とても興味があったんだ。

だって、あなたはこの曲が好きだってどこかに書いてたのを、まだ覚えてるから。


――昔、どうしても彼女に会いたくなったときがあって、本気で店に行こうかと思ったことがあった。何人もの男がチャットであなたと寝た、というかあなたを買った話をしていたから。何でそんなつまんない男と寝るのに、俺が抱けないんだ?って思ったりしてた。

今思えばどうしてそんなこと思ったんだか。若気の至りもいいところだ。

僕には彼女がいたし、あなたはそれが仕事だったのに。


行かなくて良かった。

きっと僕はあなたを抱くことなんてできなくて、この曲みたいに下着をつけたまま風呂に入ったと思う。

あなたはこの曲のドロシーみたいな人だろ?本当は。

この曲が好きだったってことはきっと。


僕は、マウスをクリックして、もう一度その曲を掛け直した。


「わ、久しぶりだね、その曲掛けるの」

その時の彼女とは違う今の妻が、洗濯ものを抱えて通りがかって僕に声をかけた。



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