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彼女の視る宇宙(そら)  作者: 藍原圭
第四章
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月下美人(3)

「あのっ――」

 予想外の状況に僕は言葉に詰まった。この人は一体誰だ?


「藤崎と申します。望の父です」

「先輩の……」

 藤崎先輩が急性緑内障で搬送されたとき、救急病院に駆け付けた男性の顔が脳裏に浮かんだ。確かに言われてみればあの時来ていた先輩の父親の声だ。あれ以来先輩の両親とは全く会っていない。今になってあの時の問題が蒸し返されるのだろうか。


 僕が唾を飲み込んで言葉を探していると、相手は話を続けた。

「突然のお電話すみません。本来なら家の固定電話からかけるべきなのですが、こちらのアプリにしか登録されていませんでしたので」

 確かに、先輩とは電話番号を交換しておらず、いつもスマホアプリでしか通話もしていなかった。だが――


「望さんのスマホからかけられているんですか。一体何が……」

「実は――望が今朝から行方不明なんです」

「行方不明?」

 僕は耳を疑った。


 先輩の父親の話によれば、あれから先輩は左目に加えて右目も病状が悪化し続け、投薬と手術を受けたのだという。

 だが、結局視力は下がり続け、今ではほとんど見えない状態となった。

 恐れていた最悪の事態――両目の失明が、現実のものとなってしまった。

 手の打ちようが無くなり、退院後ずっと自宅療養していたが、今朝唐突に姿を消してしまい、関係各所に聞いて回っている最中なのだった。部屋に置きっ放しになっていた彼女のスマホをどうにか操作し、登録されているアカウント1人1人に連絡して何か手がかりがないか探しているのだという。


「何か、お心当たりはありませんか」

 先輩の両目が――視力が失われてしまった。それに追い打ちをかけるように行方不明。あまりに突然の事態に思考の整理が追いつかない。

「心当たり――」


 必死に気持ちを落ち着かせる。ほぼ全盲になった状態で街中を歩き回ったりしたら危険極まりない。歩きなれた視覚障害者でも、駅で誤ってホームに転落したり、路上で車や自転車と衝突する事故は絶えないのだ。

 まして、視界を失ったばかりの彼女がどんなことになるか。


「我々の知らぬ間に誰か友人が家に来て、ついて行ったんだと思いたいですが……もし今日中に見つからなかったら、警察に届け出ようと思います」

「分かりました。僕が必ず見つけます」

 僕は自分に言い聞かせるように宣言した。

 通話を終えると、一目散に駐輪場へ向かった。



 必死に自転車を走らせた。行き先もはっきりしないまま、ただがむしゃらにペダルをこいだ。先輩のいる場所――行きたい場所。


 先輩は今何を考えているんだろう。どこを目指して、見えざる世界を彷徨っているのだろう。

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