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彼女の視る宇宙(そら)  作者: 藍原圭
第一章
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水の星へ愛をこめて(2)

「そろそろかな?」

 日が沈んだ遙か西を眺めたまま先輩が尋ねた。


 空の色が変わっていく。

 茜色と紺色がコントラストとなり、それが混ざり合い、やがて紺色が深みを増し、世界ごと空を支配する。

 夕焼けは朝焼けよりも色が鮮やからしい。どこかでその理由を読んだ気がするけれど、思い出せなかった。


「そう――ですね」

 だが言葉とは裏腹に、目的の星はまだ姿を見せない。

 いや、正確には違う。

 真昼間から水星は輝いている。ただ、生命の源たる太陽が眩しすぎるのだ。

 狙うのは昼間でも夜間でもない、夕闇という僅かな間隙。


 僕は鞄を開いて、黒いソフトケースを取り出した。

 中身は双眼鏡――DVDディスクほどの大きさの、小型双眼鏡だ。

「お、秘密兵器の登場かな」

 僕を見ながら面白そうに先輩が言う。

「プロが使うんだから、すごい遠くまで見えそうだね。倍率どのくらい?」

「倍率はしれてますよ。たかが5倍です」


 双眼鏡や望遠鏡を入手しようとする人が真っ先に気にするのは倍率やズーム機能だろう。実際、倍率100倍だの高性能ズームだのを謳った商品がメーカーから多数売り出されている。

 だが、結論から言えばこれらは全く役に立たない。

 倍率で双眼鏡や望遠鏡を選ぶのは、最高速度だけで自動車を選ぶようなものだ。

 性能は謳い文句のとおりなのだろうが、覗いても視野は狭く像は暗くて何を見ているのかまるで分からない。おまけに高倍率では手ブレも酷く、とても遠方を見るという目的は果たせない。


 倍率は低いほうが良いのだ。

 また、双眼鏡は重いとそれだけで負担となり長時間構えていられないし、何より持ち運びに大層不便である。300gを超えると重さが気になり始め、500gを超えるともう持ち歩くこと自体が億劫だ。


 とはいえ、数百円で売っているような粗悪品ではただガラス越しに見ているのと変わらない。

 僕が持っているのは国内でも数少ない双眼鏡専用メーカーから通販で購入したものだ。小遣い2ヶ月分がすっ飛んだが、それに見合うだけの代物だと思う。視界は広く、重さも250gで軽量だ。


「やっぱり天文部なら、いつも持ってるの?」

「いや、流石にそれは……今日はたまたま部活動用に」

 嘘だ。この双眼鏡は常時携帯している。

 星空以外にも、ふと目についた遠景を眺めたりするのが好きだからだけれど、なんだか変質者みたいに思われそうで誤魔化した。誰しもカメラ付きのスマートフォンを持っているこのご時世、気にするほどではないのかもしれないけど、先輩に言うのは何だか気恥ずかしかった。


 双眼鏡から接眼キャップを取り外し、西の果てへ向ける。しばらく一帯を眺めるが、まだ明るさが残っているためか、それらしいものは見当たらない。

「もう少し経たないと見えないかもしれませんね。すみません」

「ううん。それよりさ、水星ってどんな星なの?水の星だから青っぽい?」


 そういえば部室前で会ったときも、そんなことを彼女は言っていた。

「水星は月と同じような、カラカラに乾いた星ですよ。水も空気も皆無です」

「ええー、じゃあなんで水の星なんて名付けられたわけ?」

 むくれたように言う先輩に苦笑しながら答える。

「僕も詳しいわけじゃないんですけど、確か古代中国の五行思想が由来だったかと」

「五行思想って、西洋の四大元素と似たようなのだっけ」 

「そうですね。万物は火・水・木・金・土の5種類の元素からなるっていう哲学。それを色、方角、季節、星なんかに当てはめたわけです」


 それぞれ相関関係があったりするのだが、西洋の四大元素と比べると分かりにくいためか、RPGなどではあまりお目にかかれない。

「火なら、色は赤、方角は南、季節は夏、星は火星ってな感じで。ちなみに霊獣が朱雀です。水は色が黒、方角が北、季節が冬、でもって星が水星、霊獣が玄武と」

「そっかー。でもなんで水だったんだろう。木とか金でもよくない?」

「うーん。そのあたりは分からないんですが、英語で水星はマーキュリー、つまり水銀と同じなんですよね。水星は動きが早くて、空をせわしなく駆け巡る感じが水や流体を想像させて――あ」


 僕はそこで言葉を切った。探していたものが見つかった気がしたからだ。

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