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彼女の視る宇宙(そら)  作者: 藍原圭
第四章
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月下美人(2)

「どういうつもりなんですか」

 気が付くと、立ち話をしている当人たちの前に進み出ていた。相手が上級生だとか、揉め事になるだとか、そんなことを考える前に身体が動いていた。

 思った通り、そこにいたのは2月に部室へ乗り込んできた上級生3人組だった。色黒、坊主頭、そして長身の男子生徒。


「なんだてめぇ」

 長身の男――斎藤和泉とか言ったか、藤崎先輩の元カレだ――が射すくめるような視線を向ける。怯みそうになるが、負けじと睨み返す。

「あれ、君あれじゃん。天文部の子」

「部はとっくに潰れたんだろ?何してんだよ」

 相変わらず、色黒と坊主頭が軽薄な口調で揶揄するように喋る。


「えー何、盗み聞き?好きな藤崎パイセンのこと気になって仕方ないんだ?」

「教えてやろうか?あいつなら行きずりの男と――」

「嘘をばら撒くのは止めてください。」

 相手が言い終わる前に、僕はその戯言を遮った。


「はぁ?」

「本人がいないことをいいことに根も葉もない噂をばら撒いて。作り話なのは全部分かってます」

 根に持つのは勝手だ。学校のマドンナ故にあれこれ想像して回るのも自由だろう。だが捏造して彼女の尊厳を傷つけるのは許せない。

「嘘って何だよ。喧嘩売ってんのか」

「はは。本当に君カレシだったとか?」

 斎藤が凄んで見せ、色黒がからかうように話す。


「そうです」

 僕の即答に、3人組の顔が固まった。

「藤崎先輩は――僕の恋人です。今も」


 一瞬硬直していた3人組だったが、色黒と坊主頭がけらけらと笑い出した。

「何それ。妄想?」

「片思いが過ぎて頭にお星さま憑いたのか」

 前回は一方的に付き合ってるだの何だの決めつけておいて、今度は微塵も信じる気が無い。支離滅裂だ。最初からその時の気分で立ちまわっているのだろう。


 先輩とデートした回数は限られてる。男女の関係になったわけでもない。

 今何が起こっているのかも自分には分からない。だがここで引くわけにはいかない。ここで気後れして好きにさせるだけではそれこそ彼氏失格だ。

 いや、彼氏どうこうじゃない。世界で唯一先輩の秘密を知っている人間として、彼女を守らねばならない。


「消えろ」

 斎藤が僕を見下ろして凄みを聞かせた声で言い放つ。僕は相手を見据えた。

「訂正して回ってください。噂を撒いた相手全員に。そして先輩に謝ってください」

 斎藤が何か言おうとして――その前に僕は言い放った。

「ラブホの入口で惨めに振られた恨みだか何だか知りませんが、迷惑です」


 場の温度が下がった気がした。

 それまで笑っていた色黒と坊主頭も真顔になって僕と斎藤を交互に見やった。

「おい」

 斎藤が口の端を僅かに上げた。ぞくりと寒気が走る。何故か分からないが、無表情だったこの男が一瞬笑ったように見えたのだ。

 相手がすっと僕の方へ距離を詰めた。次の瞬間――身体に衝撃が走った。壁に叩きつけられた、そう認識する間もなく腹へ蹴りが入り、思わず倒れ込んだ。スマホがポケットから零れ落ち、床を跳ねる。


 見上げると、顔を上気させてくしゃくしゃに歪んだ斎藤の顔があった。

「殺されてぇか」

 ようやく素顔を見せたか、やっぱり痛いところを突かれたんだな、と身体の痛みとは裏腹に冷めた感想が脳裏をよぎる。煽ったのは無意識にではない。もとより下級生の言葉に耳を貸して素直に反省する輩じゃない。この際言いたいことを全部言ってやる。


「人の痛みが微塵も分からないあんたが、一時でも先輩と恋人だったなんて、どうかしてる。分をわきまえろよ」

「てめぇ――」

 胸ぐらをつかまれる。元より10センチ以上はある身長差。喧嘩で適う相手ではない。

「おいおい……」


 色黒と坊主頭が少々引いた様子で僕たちを眺めている。もっとも止める様子はない。まぁそうだろうな、と思う。別にどうなっても構わない。怪我の一つでも負ってこの男を停学に追い込めたらむしろ御の字だ。

 斎藤が拳を振りかぶった。思わず身を竦める――


 そのとき、バイブ音が辺り一帯に響いた。床に落ちた僕のスマホだった。アプリの電話がかかっている。

 僕を含めて皆一斉にその方を見やった。画面に映っている発信元は――

「藤崎先輩……」

 藤崎望――その三文字が、確かに表示されている。


「な――」

 斎藤の手元が一瞬緩んだ隙に、振りほどいて僕はスマホに飛びつく。藤崎先輩からの着信だ。

「望――なんで」

 困惑と怒りをにじませた斎藤の顔が視界に映った。先輩と僕の関係が真実であることを悟ったのだろうか。

 3人が虚を突かれた隙に、僕はスマホを持ったまま、全速力でその場から駆け出した。


「おい――」

 後ろから叫び声が聞こえる。構わず廊下を一直線に走り、正面玄関から上履きのまま飛び出し、駐輪場を横切ると、校舎裏にある職員駐車場の植木の陰に転がり込むように隠れた。

 後ろから追ってくる気配はない。撒いたというより最初から追ってくるつもりはなかったのだろうか。この際どちらでもいい。


 いっそ先輩との会話をあの場で聞かせてやっても良かったけれど、あんな無粋な連中に先輩との大切な時間を1秒でも邪魔して欲しくない。

 着信コールはまだ続いている。切れ切れの息を素早く整えると、応答ボタンを押した。この時をずっと待っていたのだ。


「藤崎先輩!?」

 相手の反応も待たずに僕は叫んだ。透也くんお久しぶり――先輩の声が確かに聞こえた気がした。

 だが――


「恐れ入ります。菊池さんの携帯電話でよろしいでしょうか」

 通話口に出たのは、慇懃な口調の中高年の男性だった。


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