君を見つめて(1)
鞆浦先生から電話があったのは、事件の日から1週間が過ぎた春休みの最中だった。
「藤崎から入院先の病院について連絡があったよ」
「先輩から――!?」
「病院の電話から直接学校にかけてきた。スマホを親が預かってるらしくて、かけられないらしいな」
スマホ没収中か。入院中だからなのか、白眼視している僕を寄せ付けないようにするためか。あるいは両方かもしれない。
「手術は終わったが、まだしばらく入院するらしい」
「無事、成功したんですか」
手術の結果。彼女の眼の状況。ずっと知りたくて仕方なかった。
「そのようなことは言っていた。ただ――」
先生は言葉を濁した。
「見舞いに行くんだろ?」
「……はい」
入院先が分かったら、すぐにでも行こうと決めていた。
「直接、会って聞いてこい。今日の夕方は、親御さんもいないそうだ」
「ありがとうございます」
僕は姿の見えない電話先の先生に頭を下げた。
「長話するんじゃないぞ。相手は入院中なんだから、早めに切り上げろ」
「分かりました」
鞆浦先生にはどれだけ借りがあるか分からない。いつかこの借りを返せる日がくるだろうか。
先輩が入院しているのは、市内中心部にある大学病院の病棟5階だった。
あらかじめ聞いていた部屋の前まで行って、入口横に設置されているディスプレイの画面をタッチすると、確かに藤崎望の名前がある。入口から中を覗き見て、患者以外誰もいないことを確認すると、そっと中に入った。
「先輩……」
パジャマを着た女性が窓際のベッドに座っている。病院食によるものか、それとも精神的な影響なのか、もともと小顔でほっそりしていた彼女はさらに痩せ細ってしまったようだった。
「透也くん?」
視界がさらに狭まっているのか、先輩はすぐにはこちらに気がつかず、目の前まで行ってようやく僕と認識した。
「来てくれたんだ」
先輩は微笑んだが、その笑みが弱弱しい。
「つい一昨日まで眼帯してたの。見せてあげたかったよ」
「伊達政宗みたいな感じだったんですか」
「ハンニバルか夏侯惇の方がいいな」
唐突に隻眼の歴史人物の話になって、お互い笑い合う。
適度に緊張がほぐれたところで、先輩が真面目な顔をした。
「改めて、あのときはありがとう」
「いえ、むしろ僕のせいで……」
何が引き金になったのかは分からないが、どうあれデートの最中に倒れてしまったのは紛れもない事実だ。うなだれる僕に、先輩は優しく言った。
「ううん。透也くんと一緒にいた時で良かったんだと思ってる。1人でいるときだったら、緑内障発作の痛みよりも不安の方で苦しくて死んじゃったかも」
そう言うと、先輩は病室を見回した。
「眼科に入院する人ってほとんどお年寄りなんだね。私みたいな10代の人間ってかなり珍しいみたい。大勢からよく話しかけられるよ。みんな白内障の手術だから、1泊で帰っちゃうけどね」
確かに、周囲を見回しても病床にいるのは60代以上と思しき人ばかりだ。
「手術、怖くなかったですか」
入院も手術の経験も僕にはない。まして目の手術と聞くと、未知の恐怖を感じる。
「1時間くらいかかったかな。局部麻酔だから、音は聞こえてくるの。ちょっと怖かったけど、大丈夫だったよ。担当の先生も優しかったしね」
自身の目を治療する音を聞きながら1時間過ごすというのは想像するだけで恐ろしい。自分だったら全身麻酔の方がいいな、などと思った。
「診察のとき以外は何もすることなくてね。消灯は早いし、テレビは目を刺激するから置いてないし、スマホやタブレットも禁止だし、本当に暇。ラジオをずっと聞いてるだけ」
枕元を見ると、確かにイヤホンのついた小型ラジオが置かれている。
「あとね、顔も洗えないの。頭は看護師さんが洗ってくれるんだけど――」
「あのっ」
聞くのが怖かったが、先輩の話を遮って僕は尋ねた。
「手術の、結果は」




