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彼女の視る宇宙(そら)  作者: 藍原圭
第四章
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サイレント・ヴォイス(3)

 やがて、サイレンの音が遠方から近づいてくる。続いて点滅する赤色灯が夕闇を裂いて現れた。

 先輩は救急隊員によってストレッチャーに乗せられ、救急車の車内へと運ばれた。

 その間にも、僕は救急隊員から自分の名前、先輩の年齢、生年月日、住所……質問攻めにされる。


「ご友人ですか。ご家族への連絡先はわかりますか?」

「いえ……」

 自宅前まで行ったことがあるので住所は分かるが、電話番号は分からない。先輩のスマホに登録されているかもしれないが、緊急時とはいえ勝手に先輩のスマホを見るのは躊躇われた。

 どうすれば――そうだ。鞆浦先生に連絡しよう。天文部の顧問としてもクラスの担任としても、連絡先は登録している。何か手立てを教えてくれるかもしれない。


 僕はすぐさま電話をかけた。数回のコールの後、すぐに先生は出た。

「菊池か。どうした?」

「すみません突然。実は――」

 今の状況をかいつまんで僕は説明した。先輩と2人でデートに来ていることは先生も察しただろうが、その点は深堀りせず、すぐに必要な対応をしてくれた。


「分かった。藤崎の担任は2年7組だから北島先生だ。俺から連絡入れて、藤崎の家の番号も教えてもらう。そちらは任せろ」

「ありがとうございます」

「受け入れ先の病院は決まってるのか?」

「いえまだ……」

 救急隊員がタブレット端末を使って調べているようだが、まだ搬送先は決まらないようだ。


「もし行き先が決まったらすぐ教えてくれ。取り急ぎ俺が行く。それまではお前がついているんだ。いいな?」

「は――はい」

 そうだ。今ここにいる関係者は僕だけだ。ついていてあげなければ。


「連絡先はわかりましたか?」

 救急隊員が聞いてくる。

「はい。それで――」

 僕は相手を見据えて言った。

「病院まで同乗しても構いませんか」



 人生で救急車に乗るのは初めてだったが、思った以上に揺れが酷くて、乗り物酔いしそうな程だった。救急車はどれもあんなものなのだろうか。先輩の容体が悪化しないか心配で仕方なかった。

 どれくらい時間が経っただろうか。到着したのは、市内南部にあるやや小さめの総合病院だった。来たこともなければ名前も知らない病院だ。受け入れ先がここしか無かったとは思えないが、救急搬送の独自ルールでもあるのだろうか。


「それじゃ、救急外来の待合室でお待ちください」

 救急隊員にそう言われ、救急車から降りようとした時――

「透也くん……」

 先輩の消え入るような声に、僕は思わず振り向いた。


 ストレッチャーの上で毛布をかけられた先輩は、目を瞑ったまま胸を僅かに上下させている。

「先輩、大丈夫です――きっと」

 僕は先輩の手を握る。微かだが、先輩も握り返してくれた。このまま握っていたかったが、救急隊員に無言で促され、僕は病院内へ搬送されていく先輩を見送った。


 この病院では救急外来の関係者向けに通常のロビーとは別の小さな待合室があった。2つしかない長椅子の一方に座り、ただただ待つ。

 この病院のことは既に鞆浦先生に連絡した。だが場所が場所だけに到着するにはもうしばらくかかることだろう。

 一体先輩に何が起こったのだろう――不安と焦燥感で拳を握りしめたまま俯く。ただの勉強疲れからくる一過性の体調不良であって欲しい。もし命に関わることだったら――


「藤崎さんの付き添いの方ですか?」

 声を掛けられ顔を上げると、白衣を着た壮年の男性が立っていた。担当の池田です、とその先生は名乗った。

「今は容体は落ち着いてますよ。病院に到着した心理的なものかもしれませんけどね。今はCTとMRIを撮っているところです」

 ひとまず生死にかかわる重篤な状態ではないらしい。安堵の息をつく。


「精密検査をしないとまだ分かりませんが、持病は特に聞いてないんですよね?」

「救急隊員の方からも聞かれましたが、特に今まで聞いたことがありません。僕が知らないだけで、ご両親は知っているのかもしれませんが」

「そうですか……」

 池田先生は腑に落ちない様子で首を傾げる。


「――ただ、先天性の目の病気は患っているようですけれど」

「先天性?どんな」

「網膜色素変性症だと。あと、最近、頭痛がすると言っていました」

 思えば頭痛云々は今日の発作の前触れだったのだろう。だが先輩の目の病と関係があるとは思えない。網膜色素変性症はごくゆっくりと視野狭窄や夜盲が進む病気で、痛みがあるとは先輩からも聞いていない。


「網膜色素変性症ね……」

 先生は思案する様子でいたが、何か思い当たる節があるようで、足取り早く戻っていった。僕はまた1人、待合室に残された。


 それから10分もしないうちに、椅子に座り続けていた僕の目の前に池田先生が再び現れた。

心なしか先程よりも目が険しい。

「眼圧がかなり上がっています。至急、眼科で検診を受けたほうがいいです。当院は眼科がありませんから、どこか夜間外来を探して――」

「ちょ、ちょっと待ってください」


思いもよらぬ単語が登場して、僕は思わず先生の言葉を遮った。

「眼科って――頭痛を訴えてるのに」

 今はそんなことより脳や消化器をもっと詳しく検査するべきではないか。素人考えでそんなことを言いそうになった。

 だが池田先生はあくまで落ち着き払った口調で諭すように話した。


「急性閉塞隅角緑内障の可能性があります」

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