サイレント・ヴォイス(1)
校内中の公認というわけにはいかないが、別にそれで良かった。周囲にひけらかしたり惚気る気もなかったからだ。妬み冷やかし嫌がらせ、もうこれ以上は御免というのもあったけれど、ただ、先輩との2人だけの時間を大事にしたいというのが大きかった。
いずれバレる日は来るかもしれない。いや、必ず来るだろう。でもその時はその時だ。堂々としていよう。だが、当面はこっそり交際を続けたい。その意見に先輩も同調してくれた。
周囲の目と門限が厳しい中、先輩となかなか一緒の時間は作れなかったけれど、春休みに入る直前、先輩から喜びのメッセージが入った。
『期末試験の結果が良かったから、外出のお許しが出たよ!遊びに行こう』
僕は自分の部屋で思わずガッツポーズをした。
『今度は透也くんが行きたい場所にして』――続いてメッセージが届く。
行きたい場所、か。いざ言われると迷う。この田舎県はデート場所にも事欠く。
県外に行くのも手だが、往復だけで時間も交通費も浪費してしまう。特にバスの場合、万一渋滞で帰るのが夜遅くなってはまずい。
となると市内のシネコンで映画を見て、そのまま付設のショッピングモールで食事と買い物でもして――
別に悪いとは言わないが、そんな典型的な地方民のデートで良いのだろうか。
あれこれ考えを巡らせたが、最終的にはそれでいいと思った。
無理に気合を入れて、自分が行ったこともないスポットに連れて行ってドジを踏むよりも、まずは地に足のついた場所で彼女との距離を縮めるのが先決だ。
僕は手早く考えたプランをスマホで先輩に送ると、すぐにOKの返信があった。
良かった――あとは当日最高の日にしよう。
晴れて恋人同士となった記念すべき最初のデートだ。遅刻するわけにはいかないので、30分以上前に集合場所であるショッピングモールのアトリウムに到着してずっと待っていた。
だが――約束の時間になっても先輩が来ない。珍しいな、と思いつつスマホに目をやる。
10分が経過したところでそろそろ連絡しようかと思ったとき、遠方から走ってくる先輩の姿が目に入った。
「ごめん、遅れちゃって……」
息を切らしながら謝る先輩の顔には、心なしか慢性的な疲労が見えた。
「いえ、それより先輩――何か顔色悪い気がしますけど」
そう言うと、先輩はふっと口元を緩めた。
「大丈夫大丈夫。最近勉強漬けで参ってただけ。久しぶりに羽を伸ばせるから気分爽快だよ」
先輩曰く、家庭教師の人はかなり厳しい人らしい。休日も朝から晩までつきっきりだそうだ。
「まだ話が弾めば楽しいんだけどね。雑談は一切なし。まるで機械を相手にしてるみたい」
息が詰まるだろうな、と思った。今日は先輩が楽しめるようにしなければ。
「勉強のことは忘れて、1日楽しみましょう」
「うん――」
先輩が満面の笑みで頷く。
瞬く間に時は過ぎていった。
シネコンで見た映画は、アカデミー賞を受賞したということで世間で話題になっている洋画だった。最初のうちはすぐ隣席の先輩が気になって映画に入り込めなかったけれど、評判通り面白く、ストーリーが進むにつれてどんどん引き込まれた。
後半になると序盤に散りばめられた伏線が次々に回収され、最後にはどんでん返しもあり、先輩も満足したようだった。
映画を鑑賞した後は、ショッピングモールで洋服や雑貨を一通り見た後、店内のカフェで食事をしながらまったりと過ごした。
アルのこと、進路のこと、クラスメイトのこと、先生のこと、そして星空のこと――他愛ない話題を繰り返す。
先輩は文系だが漢文が苦手で、僕も一番苦手にしていること、鞆浦先生はああ見えて10歳年下の美人の奥さんと双子の娘がいて溺愛していること、先輩は男子だけでなく女子からも告白されたことが一度ならずあること、来月のこと座流星群は例年よりも期待できそうであること――
人生で、これだけ幸せで充実している時間は初めてだった。
疑いなくそう思った。
思っていた。




