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彼女の視る宇宙(そら)  作者: 藍原圭
第三章
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Fields of hope(3)

 その日がやってきた。

 前日、早めに寝ておこうと思ってベッドに入ったけれど、結局一睡も出来なかった。今日は学校で爆睡することになるだろうけれど、もう期末試験は終わっているし、どうということはない。


 時刻は4時を回ったところだ。

 僕の家から先輩の家までは自転車でも30分近くかかる。そろそろ出発しなければいけない。

 親を起こさないよう、音を立てず慎重に1階へ降りると靴を履き、これまた音を立てぬよう玄関ドアの鍵を開けて家を出た。たちまち息が凍る。 


 3月だというのに、真冬に戻ったかのような厳しい寒さだ。山間部では降雪の可能性があると天気予報が告げていた。

 だが、その分空が澄み切っている。本当にてるてる坊主をこっそり作って部屋に吊るしていたのだが、効果覿面だったようだ。1年を通して最も賑やかで美しい星々に夜空が彩られている。雲は欠片も見えない。予報外れの雨もなさそうだ。


 深夜に天体観測をする歌があったな、とふと思い出した。ベルトにラジオを結んでなければ、望遠鏡も担いでいないけれど。あの歌よりもさらに深夜――というより朝だ。

 天文部の活動でも泊まり込みで観測したことはある。だが、明け方に近い時刻はほとんど経験がない。何もかもが初めての体験だ。

 手袋をはめると自転車のサドルに跨がった。


 初めて行く場所、それも夜中に向かうだけに、先輩から教えてもらった自宅へのルートをあらかじめ地図アプリで入念に調べておいた。夜間パトロール中のパトカーと遭遇しないよう、大通りはなるべく避けるようにした。

 緊張よりも興奮で胸の鼓動が速くなる。自分がこんな大それたことをしようとしていること自体に興奮しているのだ。去年までの自分だったら、とても想像できないだろう――深夜に家を抜け出して女性と待ち合わせだなんて。


 思わず立ち漕ぎで急ぎたくなる気持ちを抑えて、夜道を進む。地図アプリがあるとはいえ、慣れない道のり、それも夜間だ。事故を起こしたりしたら何も言い訳できない。

 慎重に、けれど約束の時間に遅れぬよう確実に自転車を漕ぎ続ける。幸い誰にも見咎められることなく、目的地付近に到着した。


 大きな母屋と倉庫らしき2棟、そして広い庭のある先輩の家は、月のない夜でもすぐに分かった。500坪はあるだろうか。地方とはいえこれだけの持ち家、なるほどこれは御大尽だと思う。

 どこで待とうか、この時間帯とはいえ家の目の前で待つのは流石に怪しいか、と思っていると人影が現れた――先輩だ。

 流石にこの寒さ、先輩は普段とは違ってスラックスにダウンジャケット、首元には厚手のストールを巻き、ニット帽を被っている。私服は美術館に行った際に見たけれど、普段とは異なるパンツルックの先輩は新鮮だった。


「こんばんわ――というかおはよう、かな」

「おはようございます。お待たせしました」

 周囲に人の気配はないが、心なしひそひそ声になる。

「夜だけど、迷わなかった?」

「はい、道は事前に調べていたので――」


 そう言いかけたところで、遠方から甲高くサイレンが響いた。思わず息を吞む。先輩も硬直して音の方向を見やる。だが続けて聞こえてきたのは聞きなれた救急車のサイレン音だった。今のは交差点に進入する際の警告音だろう。

 安堵して再び先輩の顔に目を向けると、先輩は笑った。

「やっぱりドキドキするね」

「はい――」

 先輩と2人、とんでもないことをしているのを改めて実感する。


「せっかくだから、もっと開けた場所へ行こうよ」

「そうですね」

 都会のようなビルがあるわけではないが、住宅や電柱で少々視界が悪い。それでも目的のものが見えないことはないだろうけれど。

「海に行かない?きっと星が綺麗だよ」

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