Fields of hope(2)
スマホを手にしたまま、1時間が経とうとしている。
画面を見つめたまま、踏ん切りがつかない。何度目か、手汗で濡れたスマホを拭う。
いつまでこのままいるつもりだ。自分を奮い立たせ、思い切って通話ボタンを押した。
「――はい」
「先輩?お久しぶりです」
「透也くん。お久しぶり。どうしたの?」
以前と変わらぬ優しげな口調に、僕は安心した。
「受験勉強、いかがですか」
「もーまいっちゃうよ。毎日毎日、休みの日まで1日中。おかげで勉強終わった後はひどい頭痛だし」
勉強漬けの日々に辟易としていたらしく、先輩は意外に饒舌だった。話し相手を欲していたのかもしれない。
お互いの近況を適当に話したところで、僕は切り出した。
「実は――先輩にどうしても見てもらいたいものがあって。夜空に、あるものが現れるんです。ちょうど、先輩の誕生日に」
「ほんと?何が見れるの?」
「それは、当日のお楽しみということで。当日実際に見てから、正体はお話しします」
「焦らすねぇ」
先輩は笑った。
「ただ、朝早くなんです」
「朝かぁ。何時くらい?」
「午前4時50分です」
「4時――?」
流石に先輩も絶句したようだった。
「無茶なことだとは思っています。まだ暗い時間帯ですし、どこかに集まって一緒にというのは難しいかもしれません。何でしたら先輩のご自宅前から見上げるだけでも――」
「それって、綺麗なの」
先輩が静かな口調で聞いてくる。
「見て後悔はしないと、僕は信じてます」
「私でも、見れるかな」
「明るいので、先輩にもきっと綺麗に見えると思いますよ」
「分かった。それなら一緒に見よう」
「すみませんそうですよね――って」
ほぼ確実に断られると思っていたので、即答に驚愕した。
「透也くんが太鼓判押すんだもの。きっと見る価値があると思う」
電話越しにだが、先輩が微笑むのが分かった。
先輩の想像以上にアグレッシブな態度に驚かされるとともに、胸に沸いてくる使命感で心が熱くなった。
「家を抜け出すのはそんなに難しくないし、6時までに戻れたら大丈夫」
「いやそんな、本当に大丈夫なんですか」
自分で提案しておいて何だが、深夜外出などバレたら大目玉だ。まして先輩ほどの品行方正な人であれば尚更である。
「一度、こういうのやってみたかったから」
悪戯っぽく話す先輩。恐らく本心なのだろう。
「まだ暗いですから危ないですよ。僕が、先輩の家の近くまで行きます」
バレンタインの日に、先輩はわざわざ僕の家まで来てくれた。今度は僕が彼女の家まで行かねばならない。
「本当に?……ありがとう。そっちも、夜道くれぐれも気をつけてね――楽しみにしてるよ」
「はい!」
約束は無事取り付けた。第一関門クリアだ。思わずガッツポーズをする。
後は当日の天気――てるてる坊主をやっぱり作るべきだろうか。




