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彼女の視る宇宙(そら)  作者: 藍原圭
第三章
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EMOTION(2)

「アルくん、お久しぶり~」

 部屋に入るや否や先輩は目を輝かせて、早速寝床にいたアルを抱きかかえた。先輩と会うのは久しぶりの筈だが、アルは抵抗なく抱かれ心地よさそうに撫でられている。相変わらず人懐っこい猫だ。むしろ鈍感と言ってもいいかもしれない。


「あれから少ししか経ってないけど、成長したみたいだね」

「はい。エサもモリモリ食べてますし」

 僕はお茶を出しながら答えた。

先輩はこちらが用意したベッド脇のクッションに座った。ベッドに直接腰掛けてもらっても全く構わないのだが、それは彼女の方が抵抗あるだろう。


「小綺麗にしてるじゃない」

 部屋を見回しながら先輩が話す。特にポスターも貼っておらず、勉強机とノートパソコン、少し大きめの本棚。あまり友人の家に行ったことはないので比較できないが、同年代に比べるとシンプルな部屋かもしれない。


「いや、今しがた大掃除したばかりですから」

 すると先輩はにやりと笑った。

「ベッドの下とか、本棚の奥とか調べていい?」

「すみません……勘弁して下さい」

 その手のものは概ねパソコンのHDDの中だが、今しがた本棚の奥に隠したものも多少はあるので、漁られるのは非常によろしくない。


 他愛のない話にお互い笑い合う。そして、場に沈黙が訪れる。

 やがて、促すようにアルが先輩の胸元で小さく鳴いた。

「あの、話って」

 僕は思いきって切り出した。

「あ、うん――斎藤くんとトラブったんだよね」

「あ……」

 部室にやってきたあの長身の2年生のことだとすぐに気づいた。


「校内でももうかなり噂になってるし、あれこれ皆から聞かれたりしてるから、一度ちゃんと話したほうがいいと思ってね」

「藤崎先輩と、その斎藤先輩って」

 先輩は静かに頷いた。

「告白されてね、付き合ってた。去年の夏まで、数ヶ月だけど」

 やはりそうか。先輩のファーストネームを当然のように喋る様子は、元カレと言われれば納得だ。確か工藤も、先輩に以前彼氏がいたようなことを言っていたが、それがあの男か。


「こないだ美術館に行ったときに鳴浜高校の子達と会ったでしょ。斎藤くん――斎藤和泉くんも、私たちと同じ中学校出身で知り合い同士なの」

 そういうことか。僕と先輩のお出かけの件がどこで漏れたのかと思ったが、あの別れ際に出会った彼女達のルートでバレた訳だ。先輩が微妙に焦っていたのは部活の件よりも元カレの話題が出たからだったのだ。彼女らは、先輩がまだ交際していると思っていたのだろう。

 『和泉』というのは名前からてっきり女子かと思っていたが、因縁をつけてきたあの長身だったとは。


「強引なところもあったけど、男気があって悪くないと思ってた」

 背も高いし顔つきもシャープで僕から見ても良い男だと思う――少なくとも外見は。

「でも、別れたんですね……どうして」

 聞いていいのか分からなかったが、好奇心の方が勝り、一思いに尋ねた。

「――誘われたの」

 先輩はしばし逡巡していたが、やがて俯き気味に呟いた。

「何にですか」

「ホテル」


 即答した先輩に僕は絶句した。高校生でもそうした関係にまで至ってしまうカップルが少なくないことは僕も知識として知っている。

 けれど先輩の口から実際にそれを聞かされると逆に現実感がなくなったようで、地に足がついていない気分になった。先輩のような、才色兼備で清楚な人がそんなところへ行くなんて。

 まして自分の部屋に先輩と2人。そんな話題が出た以上、何も意識をしない方が無理というものだ。何と言ったものか分からず黙っていると、先輩は話を続けた。


「不安ではあったけど、それも経験だと自分に言い聞かせてた」

 経験、か。女子高生にとっては通過儀礼だったりするのだろうか。先輩の周囲で既に済ませている人はどれくらいいるのだろう。想像もつかない。

「ちょうど目のことが病院の検査で分かった頃でもあったから、むしろそっちが不安だったってのもあったと思う」

 突然、将来的な失明の可能性を宣告された状況では精神的に不安定になるのも無理はない。自身の身体を受け入れてくれる人が近くに必要だったのだ。


「それは、仕方ないと思います……不治の病を知ったばかりじゃ。それに、先輩の選択ですから」

 少し嫌味な言い方になっただろうか。恋人の1人も出来たことのない僕が貞操観念どうのこうの言う資格はない。

「あーいや、そのね。なんというか」

 先輩が俯いて珍しく言い淀む。


「あの、無理に言ってもらわなくても、構いませんから……」

 いくら彼女でも、それを事細かく話すのは抵抗あるに違いない。というか当然だ。

 だが先輩は頭を振った。

「そうじゃなくてね。結局行かなかったの」

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