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彼女の視る宇宙(そら)  作者: 藍原圭
第三章
42/65

EMOTION(1)

 風邪を引いた。

 前の晩からどうにも身体が熱っぽいと思っていたが、翌朝体温を測ると37度6分を指していた。やむを得ず、先生に病休の連絡を入れた。


 共働きの両親は朝が早い。いつも最後に家を出るのは僕なので、気がつけば自宅に1人だった。

 特別身体が頑丈なつもりはないが、中学校時代はインフルエンザに1度かかった以外は皆勤賞だった。高校で皆勤賞を狙っていたつもりではないが、こうもあっさりと風邪をひいてしまったのは訳もなく凹んだ。


 ここ最近の学校でのあれこれが精神的にきてたのもあるのかもしれない。

 ベッドに寝ころんだままテレビをつけると、バレンタインデーの特集がされていた。カレンダーに目をやると、確かに今日は2月14日だ。

 そうか、世間はそういう日なのか。


 どうぞ好きにやって欲しい。バレンタインでもヴァン・アレン帯でも祝えばいい。どのみちクラスの女子から貰えるとは思っていない。

 以前は校内の各クラスで女子達が義理チョコくらいは配っていたらしいのだが、最近は「虚礼廃止」なる掛け声のもと、男子への義理チョコは風前の灯火らしい。なんだそりゃ。

 まぁ、どのみちモテる男子生徒は別枠でしこたま貰っているのだろうけれど。


 そんな現場に居合わせなくて良かったかもしれない。そう思うことにした。

 アルに餌をやると、そのままベッドに潜り込んで不貞寝をする。

 熱のせいで食欲もなく、ただひたすら眠りこける。いったい何時間寝ただろうか。まどろみの中で、玄関チャイムが鳴っている。気のせいか――いや気のせいではない。枕元の時計を見ると、夕方になっていた。


 この身体だし、出るのはひたすら億劫だ。居留守が正解か。

 いや、宅配便かもしれないし、せめてインターホンで相手を見てからにしよう。どうせ宗教勧誘の類だろうけど。

 ふらつく身体で1階に降りてインターホンの画面を覗き――眠気が吹き飛んだ。

 新町北高校の制服を着た少女。それはどう見ても藤崎先輩だ。


 熱で幻覚でも見ているのではないか。なぜ先輩が僕の自宅に。

 どうして。というよりもどうやって。先輩に自宅の住所を教えた記憶はない。混乱と発熱で頭がおかしくなりそうなのを必死に抑えて、僕は通話ボタンを押した。

「先輩――どうして……」

「透也くん?ごめんなさい。突然家にまで押しかけて。少し話したいことがあって……」

「ちょ、ちょっと待ってくださいね」


 今は寝間着だ。流石にこの状態で先輩に会うのは恥ずかしい。2階の自分の部屋に蜻蛉返りすると速攻で着替えて、先輩に風邪を移さぬようマスクを装着し、玄関ドアを開けた。

 そこにいたのは、幻覚でも妄想でもなく藤崎先輩本人だった。

 いつもよりも薄めの笑みに、僅かに憂いを帯びた表情。黒髪がすっと玄関先に吹き込んだ風で少し揺れた。


「こんにちは。風邪、大丈夫?」

 先輩が気遣わしげに話しかけてくる。

「はい。ずっと寝てたのでだいぶん楽に」

 本音を言えばまだかなり熱っぽいが、気力で無理やり声を張った。

「鞆浦先生と話したら教えてくれたの、住所。先生もちょうど渡したい資料があったみたいで、『よろしく頼む』なんてにこやかに言われちゃった」


 そう言うと、先輩は鞄から封筒を取り出して僕に渡した。どうやら進路関係の資料らしい。

「ありがとうございます。わざわざ」

 そう言えば、鞆浦先生には以前藤崎先輩のことをちらりと話した。ひょっとしたら気を利かせてくれたのだろうか。厳密に言えば個人情報の管理上問題なのだろうけれど、3人の間だけということなのかもしれない。

「一応お昼にメッセージ送ったんだけど、寝てたかな」

「あ……す、すみません」


 思わずポケットを探ったが、スマホは無かった。朝に先生に連絡して以降、部屋の机に放りっぱなしでそのまま眠りこけていた。先輩からのメッセージも完全に無視していたのだ。

「あ、こんなところで話すのもなんですから、どうぞ上がってください」

 自宅に上げるのは恥ずかしいが、玄関先で長話するわけにもいかない。そうでなくても見舞いに来てくれた先輩を無下に扱いたくない。


「ありがとう。お邪魔します……あ、そうだ。アルくんは?」

「アルなら、2階の僕の部屋ですよ」

「それじゃ透也くんの部屋、見せてもらってもいい?」

 自室に先輩を。そんな。

 言わずもがな、家族以外の女性を部屋に招いたことなどない。


「か、片付けますのでまた少しお待ちを……」

「はは。気にしなくていいよ」

 先輩は笑ったけれど、とてもそのまま入れるわけにはいかない。またしても飛び込むようにして部屋に戻ると、散乱している本を片付け、粘着クリーナーで床を手早く掃除し、消臭スプレーをかけ、健康な男子高生向けの諸々の品は本棚の奥に隠した。


 目を覚ましたアルがうるさいぞと言わんばかりに鳴いたが、気にしている場合ではない。

 二重の意味でかいた汗を拭うと、1階へ降りて、玄関先で待っている先輩に恐る恐る声をかけた。

「ど、どうぞ――」

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