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彼女の視る宇宙(そら)  作者: 藍原圭
第三章
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PRIDE(4)

 駐輪場に誰もいないことを確認して、素早く自分の自転車の元へ向かう。待ち伏せされていたら、と懸念していたからだが、少なくとも今はいないようだ。

 とりあえず安心した。この上さらに上級生に絡まれたりしたらたまらない。この学校で暴力沙汰は殆ど聞いたことはないが、先程の長身の顔つきだと人気のないところで一発や二発殴られてもおかしくない。


 はぁ、と改めて溜め息をつく。かたや校内外どこでも人気の先輩、かたや声をかけられるのは嫌味と冷やかしの自分。先輩と釣り合わないのは十分自覚しているが、ここまで現実を見せらせると流石に辛い。

 鍵を解錠してサドルに跨る。早く帰って、嫌なことを忘れよう。アルの寝顔でも見れば多少は癒やされるだろう。


 が――ペダルを踏み込んで2メートルも進まぬうちに、ゴリゴリというタイヤの嫌な感触と音に驚いて、慌てて自転車を降りた。

 まさか、と思ってタイヤを確認すると、思った通り空気が完全に抜けてぺしゃんこになっていた。しかも、あろうことか前輪と後輪の両方だ。

 タイヤの空気は先週入れたばかりだ。今朝の通学時には違和感は全くなかった。


 だがよく見ると、タイヤに小さな金属針がいくつか刺さっている。ホチキスの芯だろうか。これでは半日もあれば空気が抜けるに決まっている。

 しかも針が刺さっているのはタイヤの下部ではなく側面。登校中に刺さったとは思えない。明らかに人為的な嫌がらせだ。


 今日の2年生達の一件と無関係とは思えない。彼らの仕業だろうか。

 いや、先程の様子だと、どこまで僕と藤崎先輩の噂が広まっているか分かったものではない。何しろ先輩との下校1日目でクラス中に知れ渡っていたほどなのだ。全くの別人による犯行かもしれない。

 自転車に貼ってある高校の通学許可ステッカーの番号ではクラスも名前も分からないが、毎朝通学して同じ場所に駐輪している以上、その気になれば突き止めるくらい容易いのだろう。自転車店は少々遠いが、寄って帰るしかない。


 その場で自転車を蹴り飛ばしたくなるのを辛うじて堪えた。自転車はむしろ被害者側だ。代わりに、己の唇を強く嚙んだ。

 いったいなんだというのだ。誰もかれも、僕にどうしろと言うのだ。


 入部したばかりの部活を廃部にした大人たち。勝手に邪推して嫌がらせを行う生徒たち。藤崎先輩に不治の病をもたらした運命。そして彼女に何かしてあげられる訳でもない自分自身。

 怒り、苛立ち、焦燥、無力感。それらが綯い交ぜになって胸中を駆け巡る。


 どうしてこうなってしまうのだろう。

 それほどまでに自分のしていることは分不相応なのだろうか。多額の予算と部員を引き連れて全国大会に出場して頂上を目指してるわけではない。先輩を自分だけのものにして周囲にマウント取って回ろうとしているわけでもない。

 ただ、遥かな思いを馳せるための居場所が、それを共有できる仲間が欲しいだけなのに。


 空気の抜けた自転車を引きずるようにしながら、僕は暗澹とした気持ちで帰路に就いた。

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