PRIDE(3)
「望って……」
誰か自分が知っている人なのか聞こうとした直後、色黒が笑いながら会話に入ってきた。
「最近よく2人で一緒にいるらしいじゃん」
はっとなった。藤崎望――そう、彼女のフルネームだ。
事情を理解した。いつぞやのクラスの面子と同じく、この人たちも藤崎先輩と僕の関係を知って興味本位でやって来たのだ。
いや、興味本位?先輩のファーストネームを自然に口に出すあたり、少なくともこの長身はただの野次馬ではない。先輩とどういう関係なのか。
「藤崎先輩のことなら……天文部の部員じゃありません。知り合ったのもつい最近です」
「適当なこと言うな」
長身の凄みを利かせた声に僕は身を固くした。彼は面白がっている他の2人とは明らかに目つきが違う。今にも胸ぐらを掴まれそうな程だ。
「この休みに2人で出かけてただろ」
思わず声が出そうになった。なぜそのことを知っているのか。
先輩が自分から話したのだろうか。しかしそんな状況が思い浮かばない。校内きってのイケメンとならともかく、僕と出かけたことを周囲にアピールしても仕方ない。
だとしたらどこかで見られたのだろうか。
しかし下校途中ならどこかで見られても分からなくもないが、学校から離れた美術館に、それも別々のバスで行っているのに見られようがない。
当日、偶然この学校の生徒がいたのか。確か当日は先輩が地元の幼馴染と会話していたが、違う高校の生徒だったはずだ。
背中を脂汗が流れる。僕の沈黙を肯定と捉えたのか、色黒が勢いづいて聞いてくる。
「やっぱり付き合ってんだ。どこまでいったの。もうヤった?」
「何を……」
「お?じゃあ童貞なのか、お前」
挑発するような色黒と坊主頭の下劣な言い回しに、思わず反論する。
「僕と先輩は何もありません。ただの知り合いです――藤崎先輩に聞いてもらったら分かります」
「知り合い?」
長身が声を荒げて椅子を蹴る。
「すっとぼけんな。こっちはみんな知ってんだよ」
まずい。この手の輩は最初から自分たちが求める答えしか期待してないだろう。男女2人が休日に出かけたら恋人という発想しかしない。
彼女の病気のこと、本当の望みを話すわけにはいかない――そもそも話して説明したところで納得するとは到底思えないけれど。
「僕は――」
かといって「仮にそうだとして何の問題が?先輩達には関係ないでしょう」と開き直った日には逆上して殴られかねない。
藤崎先輩は校内のマドンナだとは聞いていたが、まさか自分が上級生と直接揉め事になるとは想定外だった。一体どうすればいいのか。
「おい、どうした」
入り口から響いた声に振り向くと、部室の前に鞆浦先生が怪訝な顔をして立っていた。
「見ない顔がいるな。何してんだ?」
「あー……夜空について教えを乞うてただけっすよ」
色黒が愛想笑いでごまかす。長身は先生に聞こえないように軽く舌打ちをした。
「菊池君は物知りっすね。参考になりました」
色黒がそう言うと、3人は足早に部室を後にした。
「何だ?あいつら」
立ち去っていく3人を眺めながら、先生が訝しげに呟いた。
「いえ……何でもないです。先生こそ、どうしましたか」
今日も定期活動日ではない。先生が部室に来る用はないはずだ。
「いや、先週文芸部の連中が部室の鍵を無くして騒ぎになってたから、一応注意にと思ってな」
見事なタイミングだった。内心で先生に感謝した。
「分かりました。今日はもう帰りますから」
「……何かあったのか?」
「大丈夫です」
何か察したように鞆浦先生が声を落として聞いてくるが、事情を話すとややこしくなるし、何より今は部室にいる気分ではなかった。望遠鏡をしまうと、早々に帰り支度をした。




