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彼女の視る宇宙(そら)  作者: 藍原圭
第一章
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めぐりあい(3)

 新町北高校は歴史の浅い、平凡な男女共学の公立高校だ。

 バブル期の最中に建てられたためかそれなりに綺麗な校舎と、それとは対照的に往年の大河ドラマを彷彿とさせる妙に壮大な楽曲の校歌が特徴的と言えば特徴的と言えるかもしれない。


 偏差値はやや高めではあるが、県内のエリートが集う市立中央高校には敵わない。もとより、地方の高校入試など都会の受験競争などに比べれば牧歌的に過ぎるから、あまり意識しても仕方ないかもしれない。何しろ、この県には私立高校からしてほとんどないのだ。高校球児の聖地・甲子園にも県内の私立高校が出場したことは一度もない。


 駐輪場で自転車の鍵を解錠して、片足スタンドを蹴る。

 自転車通学は最初から決めていた。単純に自宅の最寄に駅やバス停が無いというのもあるけど、毎日景色や空を眺めながらペダルを漕ぐのも乙だななんて思っていた。


 もっとも、一つ問題があった。

 道はほとんど平坦で、全力で漕ぐような坂道は無い。代わりに、川を渡らなければならないのだ――幅が1000メートルを超える川を。

 春や夏はそれなりに気持ちいい。見晴らしもいいし、風も心地いい。問題は冬だ。


 比較的海に近く、遮るものがない一帯は北風が暴風のように吹く。ペダルを漕げども漕げども重たい自転車は一向に前に進まない。ようやく学び舎に着いた頃には片方の頬が腫れ上がってしまうくらいだ。

 運動部に誘われることもあるけど、毎朝これだけ負荷トレーニングさせられてるんだからもうサイクリング部に入部してるみたいなもんだと勝手に思ってる。

 四国は南国と言われるけど、冬は普通に寒い。

 雪も降るし、ちょっと山地へ向かえば積雪も珍しくない。


 そんな高校生活最初の冬という洗礼を受けて毎日の通学をしている僕だったが、今日はすぐに帰るわけにはいかなかった。

 案内しなければならない人がいたからである。

 

「お待たせ―」

 ひらひらと軽く手を振りながら、彼女はやってきた。キャメルのダッフルコートに身を包み、黒の肩掛け鞄を提げている。

 先程は突然の出来事にあまり意識する間もなかったが、改めて見るときれいな人だ。小顔で色白の肌、艶のある黒髪、コートの上からでも分かるスタイルの良さ。外見は優等生然としているが、ひとたび微笑めば人懐っこい小動物のような愛らしい雰囲気をまとう。テレビはあまり見ない自分でも、芸能人と遜色ない容姿だと思う。


 部室前で「今日この後すぐに見たい!」「校門前で待ち合わせね!」とほとんど一方的に言われ、なし崩し的に約束してしまった。

 しかも約束した後になって、本当に今日見られるのか慌ててスマホの星空アプリを開いたが、まもなく東方最大離角――夕方に水星を観測する最大のチャンス――を迎えることを確認してひとまず安心した。これで実は今日は影も形も見えない日ですなんてとても言えたものではない。

 今日は雲も少ないし、空気も澄んでいる。よほど運に恵まれないことが無い限り、大丈夫――の筈だ。


「本当に夜まで待たなくてもいいんだよね?」

 並んで歩きながら先輩は言った。

「ええ。むしろ夜、というか夜中には絶対に見えないですから。夕方か朝しか見るチャンスが無いんですよ」

 彼女は徒歩なので、僕は自転車を押して歩きながら答えた。

「そっか。遅くならないなら良かった」

「やっぱり門限とかありますよね」

 治安が悪い地域ではないが、彼女の両親も心配するに違いない。

「ん……まぁ、そうね」

 何か含みを持たせた言い方が少し気になったが、特にそれ以上は聞かず、先輩もすぐに話を戻した。


「朝夕ってことは一番星みたいな感じ?夕方にきらきらしてるやつ」

「そうですね」

 一番星――金星のことだ――も水星も、地球より内側を公転している。よって地球から見ると、常に太陽の方を向くことになる。だから、太陽の反対である地球の夜の側からは見ることが出来ない訳だ。そんなことを歩きながら説明した。


「ふうん。細かい理屈は分からないけど、一番星と違って誰でも見れるものじゃないんだ」

「条件さえ整えば見るのは難しくないですよ。ただ空を見上げればすぐ見つかるってものでもないんです」

 水星は金星よりもさらに内側を公転している。つまり金星よりも常に太陽に近い位置にあり、太陽の強烈な光にかき消されてしまう。太陽から離れているわずかな間だけが観測チャンスなのだ。

 目的の場所は高校から徒歩で15分少々。話をしている間にすぐに到着した。

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