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彼女の視る宇宙(そら)  作者: 藍原圭
第三章
38/65

PRIDE(1)

 休日明けの放課後、いつものように部室に一人で時間を潰していた。ただ、何もする気にならず、ずっと先輩のことを考えていた。


 先輩が発症したという網膜色素変性症のことをネットで簡単に調べてみた。

 およそ4000人から8000人に1人の頻度で発病し、成人の中途失明原因の中でも比較的多い病気らしい。


 目をカメラに例えるなら、フィルムに相当するのが網膜だ。網膜は光を神経の信号に変換し、この信号が視神経から脳へと伝わることで僕たちは光を感じ取ることが出来る。

 網膜色素変性症では、網膜の中にある視細胞のうち、杆体かんたい細胞と呼ばれる細胞がまず障害される。この細胞は主に暗いところでの物の見え方や視野の広さなどに関係した働きをしているため、初期症状として暗いところが見えにくくなる夜盲という症状が現れ、やがて視野狭窄が進んでいくのだ。


 視野狭窄――先輩は特に言及しなかったが、既にそれも自覚しているのではないだろうか。だとしたら、ボールを追うスポーツを行うにはかなり致命的だ。

 それもソフトテニス部を辞めた理由か。


 病気の原因は視細胞に密着している網膜色素上皮細胞の中に存在する遺伝子の異常によるものとされるが、詳しい理由は未だ解明されていない。遺伝性の病気だが、明らかな遺伝が確認されるのは約半数だという。

 とはいえ、両親が血族結婚であったり、狭い地域内の親戚同士であったりすると、常染色体劣性遺伝により発病する可能性が高まるのは事実らしい。まさに、先輩の家系に当てはまっている。


 そして――治療法はなし。

 徐々に視力が失われていく恐怖というのは、いったいどんな心情なのだろう。そして、自身の家族とその病の因果。

 もし僕が、難治性の病を親から受け継いだとして、親を恨むだろうか。生まれつきであれば、それを受け入れられるものだろうか。分からない。


 そして、わざわざ僕を選んで病を打ち明けてくれた意義。先輩は「重たく考えないで」と言っていたが、考えない方が無理だ。様々な想いが頭の中を巡る。


 暗闇が支配を強め、視野を狭めていく。先輩はあの微笑みの裏で、外野が想像する以上の絶望を抱えていたのかもしれない。

 そんな中で、今しか見えないものを見るという動機が彼女に生まれた。

 初めて一緒に河川敷へ水星を見に行った日の帰り、先輩は僕が紹介したホーキング博士の言葉を反芻しているようだった。恐らくあの時、決意を固めたのだろう。


 僕は何も深く考えていなかった。ただ一緒にいて、遥かな星空へ思いを馳せるだけで良かった。

 先輩の想いを改めて受け止めた以上、もっと何かしてあげられないだろうか。


 いつまでも先輩のことだけ考えていても仕方ない。次の観測の準備をしなければ。

 僕はのろのろと身体を動かした。

 奥の準備室の鍵を開けて、中に入る。黴臭い部屋には授業用の古いプロジェクターや鉱物サンプルなどのほか、過去の天文部部員による観測資料が本棚に眠っている。廃部の暁にはこれらも処分されてしまうのだろうか。そんなことを思いながら、天体望遠鏡を引っ張り出した。


 口径15センチの反射式望遠鏡は、この部のシンボル的存在だ。年季が入っているが、十分現役である。定期的に清掃しているので、鏡筒の塗装にも汚れや剥げは見られない。

 アイピース――望遠鏡に取り付ける接眼レンズのことだ――の入った箱を開けて、中身が揃っているか確認しようとしたとき、不意に部室のドアが開いた。


「こんちわー」

 男子生徒が3人が立っていた。久しぶりに顔を出した3年生の部員かと一瞬思ったけれど、全く見覚えのない顔ぶれだ。着崩したネクタイの色は青で、全員2年生らしい。冬なのに随分肌が浅黒いのと、野球部らしき坊主頭と、派手に髪をアップバングにした長身と。

 3人ともこちらの返事を待たず、無遠慮に部室へと入ってきた。


「あの、何か――」

 ご用ですか、と聞こうとすると、うち色黒と坊主頭が目配せして笑い合った。

 嫌な予感がした。

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