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彼女の視る宇宙(そら)  作者: 藍原圭
第二章
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遠い記憶(5)

 先輩の少しだけ後ろを追って進む。会話はないが、自然と足取りは美術館の出口へと向かっていた。


 微妙に間が悪い。このままの雰囲気で帰りたくはないな――そう思っていた時、先輩が軽く振り向いた。いつものとおり微笑を浮かべている。

「分かってくれると思うけど、今日話したことは内緒ね」

「それは――もちろん」


 自分を信頼して打ち明けてくれた秘密だ。もとより誰にも漏らすつもりはない。それよりも――

「あの、先ぱ……」

 話しかけようとしたとき、ふと先輩があらぬ方向を向いた。

「あれ、もしかして――ね、みっちゃん、ゆん」

 先輩が呼びかけた先にいたのは、近くを歩いていた同年代と思しき私服の女子2人組。誰だろう、と思う前に先方の2人組は揃って相好を崩した。


「あれ、藤ちゃん」

「うわ久しぶりー元気にしてた?」

 お互い手を取り合って喜ぶ。どうやら先輩の友人らしい。

「びっくり。こんなところで会うなんてね」

「去年の夏以来だっけ。また綺麗になった?もー羨ましい」

 きゃいきゃいと語り合う3人を前に僕はどうしたものか迷ったが、タイミングを見計らってそれとなく先輩に尋ねた。


「あの、お知り合いですか?」

「うん。地元の幼馴染。小中と一緒でね。今は鳴浜高校に通ってる」

 隣町の高校の名を聞いて、内心身構えていた僕は安堵した。新町北生だったら危なかったところだ。休日の美術館に足を運ぶ高校生というのは僕たちを含めて意外といるみたいだ。

「藤ちゃんの同級生?」

「1年生だよ。菊池透也くん。今日はちょっと掛け持ちしてる部活の校外学習の一環でね。他の子は用事があって」

 僕が自己紹介する前に、先輩がすらすらと答える。相変わらず話が上手い。


「後輩くんなんだ。ふーん」

 みっちゃんと呼ばれた娘は若干不思議そうな表情をしたが、特にそれ以上は聞いてこない。彼氏と疑われるのではないか、なんて思ったが、それはさすがに自惚れだったか。

 代わりにゆんと呼ばれた娘が首を傾げる。

「そういや藤ちゃん、部活っていえばテニス部の練習は休み?次は優勝目指すって言ってたって、和泉からも聞いたけど」


 その瞬間、先輩の顔が一瞬固まるのを見た。そうか、先輩が既にテニス部を退部しているのを先方は知らないのだ。

「あー、ちょっとね……そうだ、このあと時間ある?一緒に帰りながら話そう」 

 何かフォローをするべきか、と思った矢先、先輩は提案した。

「いいよー。ついでにコメダ寄って積もる話でもしようよ」

「いいねぇ。シロノワールに挑戦しようかな」

 そこでふと先輩が再び蚊帳の外になっていた僕の方を向く。


「ごめんね、この子達とは帰る方向が一緒だから」

「あ、いえいえ。せっかくですからどうぞ。僕はまだ他の作品とか見ますから」

 申し訳なさそうに言う先輩に、僕は慌てて首を振る。どのみち帰りのバスは別々だ。ここで別れるかバス停で別れるかの違いでしかない。もう少し一緒にいたかったけれど。

「うん。それじゃここでね。今日はありがとう」

「はい、また」

 僕は別れの挨拶もそこそこに、友人たちと去っていく先輩の姿を見送った。


 残された僕は一人、エントランスホールに佇んだ。

 先輩と2人きりの時間が唐突に終わった失望感が無いわけではない。だが朝から十分楽しんだのだから、これ以上は贅沢だろう。そう自分に言い聞かせる。

 先輩と一緒にいると、彼女の人気ぶりを肌で感じる。退部後も部活の後輩には慕われ、久しぶりに再会した地元の幼馴染もあの様子。


 異性だけでなく同性の友人が多いのは人格者の証だろう。自分が仮に地元の同級生達と鉢合わせしたとしても向こうから声をかけてくれるか怪しい。仮にかけてくれたとしても僅かな立ち話で終わるに違いない。

 それにしても――


 やがて光を失う――先輩はそう言った。テニス部を止めた真の理由。

 自分だけに話してくれたことが未だに信じられない。あれだけ仲の良い地元の幼馴染にも失明の件は話していないし、今後もするつもりはないのだろうか。この後のお茶会で部活の件はどう説明するのだろう。


 僕は出口に背を向けて、最初に先輩と足を踏み入れたシスティーナホールに再び入った。長椅子に座り、天井画を見つめる。

 ミケランジェロが目を傷つけてまでして描き上げたという渾身の作品。

『それも運命だったのかな』――先輩の独り言が、耳から離れなかった。


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