遠い記憶(3)
「近親婚って……」
近しい血縁同士の禁断の関係。その単語は場所が場所だけに背徳的に響く。だが先輩は苦笑気味に首を振った。
「あ、近親婚って言っても、親子とか兄妹同士とかじゃないよ。いとこ婚ね」
「いとこ同士?それって別に――」
「そうだね。日本の法律だと普通に結婚できる。傍系血族で4親等だからね。けど知ってる?国によっては近親婚として禁止されてるんだよ」
それは知らなかった。婚姻の文化も国の数だけあるとは思っていたが、いとこ婚に対する考え方にそこまで差があるとは意外だった。
「中国や韓国、あとアメリカも半分くらいの州で禁止されてる。逆にイスラム圏みたいに推奨される地域もあるけどね」
「それで、先輩のご両親がいとこ婚なんですか」
今一つ話が見えないが、先輩の視力障害と関係あるのだろうか。
「うん。それだけじゃなくて、祖父母もいとこ同士の夫婦なんだ」
2世代続けてのいとこ婚。昔の貴族や王族ならともかく、現代日本ではあまり聞かないかもしれない。先輩の家は名門と聞くが、その辺りの事情と関係しているのだろうか。
「もともと近親婚が禁止されてるのは遺伝的障害を避けるためってのはあるよね。いとこ婚も1世代だけならそこまででもないらしいけど、2世代続けてとなると、かなり危険性が高まるんだって」
遺伝的障害、危険性――その言葉ではっとなった。
「まさか、先輩の視力障害はそれが原因だと……」
「そうは思いたくない。だけど」
先輩の語気がわずかに強くなった。僕は思わず彼女の顔を見た。
「私、お姉ちゃんがいたんだ」
そういえば先輩の兄弟姉妹の話は聞いたことがなかった。単に話題に出なかっただけかと思っていた。
「いたって言うことは――亡くなったんですね」
先輩は頷いた。
「私が5歳のとき。生まれつきの心臓病でね。長くは生きられないって宣告されてたらしいんだけど」
「生まれつき――」
僕は息を呑んだ。血の濃い家系。姉が先天性の重病で早逝。そして自分にも遺伝性の病が発覚。偶然という言葉で片付けるには重たい事実の数々。彼女が何を考えたか、想像に難くない。
「お姉さんのこと、覚えてます?」
かけるべき言葉が思い浮かばず、僕はそれだけを口にした。
「物心ついて間もない頃だったけど、よく覚えてる。定期的に病院でしか会えなくて、いつもベッドの上で寝てた。私より小さな身体でね。『お姉ちゃんだよ』って周りに言われて不思議な気持ちだった」
先輩が遠い目をしながら話す。
血を分けた兄弟姉妹というのは、一人っ子の僕には想像が及ばない。ただ、4歳のとき母方の祖母が亡くなった。祖母になついていた僕は亡骸の側で酷く泣き、『まだ分からないから』と話す父母に食って掛かったのを覚えている。例え幼子だろうと、親族の死は確実に心に刻まれるのだろう。
「この病気が判ってから、思い出したよ。アニメ番組のこと、よく一緒に話してた。退屈だから、病室でずっと見てたんだろうね」
「ご両親も……悲しんだでしょうね」
「そうだね。姉が早く亡くなったからか、両親や祖父母の私への期待も結構大きくて。私は子どもの頃から特に持病も無くて健康だったからね――今までは」
2人姉妹の片方が早世したとなれば、もう1人への愛情や期待は容易に想像できる。まして先輩ほど文武両道に成長したとなれば、まさに一家の誇りだろう。
「ご家族から、遺伝病の可能性について聞かされたことはないんですか」
「話してもらえたことは無いな……でもおかしいよね。姉のこともあるんだし、思い至らない訳がない。もしかしたら当人達も敢えて口に出さないことで、現実逃避してきたのかな」
天井の瑠璃色の星空を再び見上げながら、どこか諦観じみた口調で話す先輩。
「先輩は……もしかして家族や自分の運命を恨んでいたりするんですか」
近親婚――恐らくは、だが――による姉の死と己の病。運命を信じるかというのはこのことなのか。
先輩は目を伏せた。
「分からない。両親も祖父母もお互いの仲は全然良いんだよ。それが返って心苦しくて――言う気になれなくて」
リスクが高まるといっても、確率でしかない。それを以て肉親を呪う気にはなれないだろう。先輩を見る限り、家族に愛されてきたのは十分に分かる。
ただ、先輩は恐ろしいのだろう。それが自身の病か、両親の失望か、はたまた藤崎家の因果なのかは先輩自身にも分からないのかもしれない。
「でも何も、最初に言う相手が僕でなくても」
つい自嘲的に聞いてしまう。先輩とは出会ってまだ僅かしか経っていない。部活の仲間、顧問の先生、そして家族――誰にも伝えていない自身の秘密を初めて打ち明ける相手として相応しいとは到底思えなかった。
「言うべきだと、思ったから」
先輩は静かに、けれど決然とした口ぶりで言った。




